下町の町工場は”農業機械”の新天地をめざす ー 池井戸 潤「下町ロケット ゴースト」(小学館)

「下町ロケット」「下町ロケット ガウディ計画」で技術力の高さを見せつけた佃航平率いる佃工業なんであるが、樹が高くなるとその分吹く風も強くなる、というのが世とこのシリーズの常で、今巻からの「ゴースト」「ヤタガラス」のシーズンも、大取引先の「帝国重工」の重役をはじめとして、佃工業の前に強敵がたちはだかるのだが、今回は、仲間と思っていた下町の町工場からの裏切りといったシチュエーションもあって、構図がかなり複雑になっていますね

【構成は】

第一章 ものづくりの神様
第二章 天才と町工場
第三章 挑戦と葛藤
第四章 ガウディの教訓
第五章 ギアゴースト
第六章 島津回想録
第七章 ダイダロス
第八章 記憶の構造
第九章 青春の軌道

となっていて、発端は、帝国重工内の社長の座を巡っての権力争い。現社長の藤間の対抗馬として、出世のためなら手段を選ばない「的場俊一」がロケット事業の担当重役になったところからスタート。

的場がロケット事業の大幅見直しを行ったため、この分野の先行きが怪しくなったこととあわせて、今まで納めていた農機具メーカーにも新たな企業が参入してきて、一挙に佃工業は苦境に立たされる。
さて、佃航平はじめ佃工業のメンバーはこの苦境をどう切り抜けるのか・・・、といったところである。

【あらすじと注目ポイント】

ネタバレとなることをお詫びしつつ概説すると、先行きの見えない帝国重工のロケット事業はそこそこにして、農業機械の分野に光明を見出そうとして、ギアゴーストというファブレス企業のコンペに応募し、活路が見いだせそうになった矢先にギアゴースト自体が知財裁判に巻き込まれる。

知財の裁判闘争では、以前に経験のある佃航平は顧問弁護士の神谷とともに、ギアゴーストの社長・伊丹の難局を打開するが、なんと、伊丹はこの恩を顧みず、佃工業のライバル「ダイダロス」と手を結ぶことを決断する。その陰には、かつて帝国重工の新社長候補「的場俊一」によって「帝国重工」から追われたギアゴースト社長・伊丹の積年の恨みがあるのだが・・・、といった展開。
「ゴースト」編では、佃工業の好意も報われないままで、「うーむ」という感じが残るのだが、ここのところは、次の「ヤタガラス」編でのカタストロフィを期待しておこう。

読みどころは、なんといっても、ケーマシナリー社からギアゴーストに仕掛けられた知財裁判のところ。かつて、佃工業を危機に落としいれた田川・大川法律事務所の敏腕だが悪辣な中川弁護士相手の大喧嘩なので、この結末は、「スカッと」することは請け合います。ここのところは原書でしっかり確認してくださいな。

また、今回の難局は、今までの基盤事業の見直しやライバル企業の出現のほかに、佃工業の経理担当として地味ながら要所要所を仕切っていた「殿村」が家業の農業を継ぐこととなり会社を退くということも重なる。
もっとも、今回のシリーズの隠し味もこのあたりで、農業経営がITやAIによる高度な機械化の新分野として有望なことや、それによってまだまだ農業が産業として捨てたものではないことも描いていて、単純な農業讃歌に終わっていないところが筆者の腕の冴えですね。

【レビュアーから一言】

このシーズンから、佃社長の娘・佃利菜が帝国重工のエンジニアとして登場している。TVドラマでは土屋太鳳ちゃんが演じてますね。もちろん原書ではストーリーを左右する役どころではないのだが、前の「下町ロケット」では父親を恨んでいるような設定から、「ガウディ計画」編で、父親のことを少々見直した風に変化し、今シーズンでは、「娘」として父親を認めているようで、そこのところはメデタシメデタシである。

このほか、ギアゴーストの社長・伊丹と天才技術者・島津が、帝国重工を追われる際の回想は、大企業の陰のところがありありと描写されていて、なんとも他人事ではないのだが、感情移入しすぎると怒りが同調するので要注意である。

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