銀行支店内の現金紛失事件には行員たちの「悲喜劇」がこびりついている=池井戸潤「シャイロックの子供たち」

「半沢直樹シリーズをはじめ、銀行を舞台にした企業小説の名手である筆者による、中小企業や町工場がひしめく、東京の都心にほど近い支店でおきた、行内の現金紛失事件の犯人捜しと行員の失踪事件、それに絡まる行内の出世競争や社内恋愛、たたき上げの悲哀といった銀行内の人間模様を描いた銀行ミステリが本書『池井戸潤「シャイロックの子供たち」(文春文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

第一話 歯車じゃない
第二話 傷心家族
第三話 みにくいアヒルの子
第四話 シーソーゲーム
第五話 人体模型
第六話 キンセラの季節
第七話 銀行レース
第八話 下町蜃気楼
第九話 ヒーローの食卓
第十話 晴子の夏

となっていて、舞台となるのは、品川駅まで東急池上線で5分と都心に近い「長原駅」の改札の目の前にある、都市銀行・東京第一銀行の長原支店。不動産情報関係のサイトを見ると、駅周辺に商店街があって買い物には便利である上に、繁華街はないので、夜は静かで治安が良い街となっています。本巻の設定では、中小企業が多い、銀行としては、融資などでなかなか実績が上げにくい立地環境とされています。

物語の第一話では,]実績があがらないため、出世競争に乗り遅れそうになって、少々焦っている古川副支店長と、融資課の若手職員・小山とが投信の販売をめぐっての口論によるトラブルが、その後の融資の焦げ付き案件の責任のなすり合いへとつながっているところが描かれます。さらに第二話では、融資部の行員が、地元の製造メーカーに融資の金利を右往左往させられる様子も描かれていて、この支店が業績アップを巡って、上も下も相当苦労しているところが描かれているのですが、これが本編でおきる現金紛失事件の真相へとつながっていく伏線となっています。

本筋となる現金紛失事件は、長原支店の午後三時半過ぎに起きます。現金をチェックしていた入行七年目のベテラン女子行員が、窓口担当の女子行員たちが管理している現金を入れるキャッシュボックスから100万円が不足しているのを発見します。

現金の紛失事故は、銀行支店にとっては最大の不祥事件であるため、行員全員でその捜索が行われるのですが、窓口などでは見つからず、行員たちが着替えを行ったり、私物を補完するロッカー室まで捜索の範囲が広げられるのですが、ロッカー室の入行三年目の女子行員・北川愛理の私物の文庫本に、東京第一銀行の今日の日付の「帯封」挟まっているのが見つかり、という展開です。

愛理は自分が盗んだのではないと主張するのですが、一流商社に勤めていた彼女の父を三年前に失い、実家の家計が苦しいことを知っている銀行のメンバーたちは、彼女の疑いを払拭できず。という筋立てです。

愛理は職場恋愛をしている現在の恋人の元カノが同じ支店にいる半田麻紀であることと彼女は恋人を横取りしたと自分を恨んでいることを知ります。ひょっとすると自分に濡れ衣を着せようとして、彼女は盗んで、帯封を愛理のロッカーの文庫本に挟んだのでは、を疑惑を抱くのですが、翌日、失ったはずのお金が、副支店長のデスクの上に置かれていた、ということで事件は不問にふされることとなります。

ただ、自分への疑いが晴れたのではないことに不満を抱く愛理は、同僚の西木とともに真犯人をつきとめようと調査を継続します。西木は、帯封についた指紋を検査キットで調べ、愛理のロッカーにそれを入れた人物が麻希であることをつきとめるのですが、もう一つ別の人物の指紋があることに気づいて、その人物へそのことを問いただした翌日、行方不明となって・・と展開していきます。

この現金紛失事件の調査と並行して、ノルマに押しつぶされて精神を病んで奇行にはしった銀行員のエピソードや、現金紛失事件を隠蔽しようとする支店上層部と本店の調査部員との「黒い」やりとり、そして、支店一の営業成績を誇るエリート行員の隠された姿など、事件は支店の多くの行員を巻き込んで巨大化していくのですが、そこではじけて現れた事件の真相は支店の存亡にかかわる重大事件で・・という展開です。

二重三重にはりめぐらされた伏線と、最後のカタストロフィーに近い驚きの結末、そして、そこではたと気づく残された謎をお楽しみください。

レビュアーの一言

本巻は2023年に映画かされていて、紛失事件の調査をする「西木雅博」に阿部サダヲ、濡れ衣を着せられる「北川愛理」に上戸彩、彼女を恨む恋人の元カノ「半田麻紀」に木南晴夏、そして、支店の営業成績のアップを至上命題とする支店の上層部、支店長「九条馨」に柳葉敏郎、支店長を目指して出世階段を駆け上がろうとするたたき上げの副支店長「古川一夫」に杉本哲太、という豪華キャストで製作されています。

本作はもともと筆者が「ぼくの小説の書き方を決定づけた記念碑的な一冊」と語っていた作品ですので、映画と本とセットで楽しんでもいいかもしれないですね。

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