下町の町工場は、新天地「人工心臓」市場をめざす ー 池井戸 潤「下町ロケット ガウディ計画」(小学館文庫)

前作「下町ロケット」で自社の技術力を活かして、帝国重工のロケット事業に食い込んだ、研究者あがりの下町工場の社長・佃航平の率いる「佃工業」。
内製化が至上命令で、外注をしないのが基本の「帝国重工」にバルブのような小さなものとはいえ、自社製品を納入している実績を活かして、業績拡大を目指す「佃工業」の前に、今巻では、NASA出身の技術者社長・椎名直之が率いる「サヤマ工業」という会社が立ちはだかる。
佃航平は、帝国重工に振り回される状況をよしとせず、新たな分野、人工心臓の分野に進出しようとするが、そこにもサヤマ工業が対抗馬として現れてきて・・・、といった展開である。

【構成は】

第一章 ナゾの依頼
第二章 ガウディ計画
第三章 ライバルの流儀
第四章 権力の構造
第五章 錯綜
第六章 事故か事件か
第七章 誰のために
第八章 臨戦態勢
第九章 完璧なデータ
第十章 スキャンダル
第十一章 夢と挫折
最終章 挑戦の終わり 夢の始まり

となっていて、発端は「日本クライン」という医療メーカーから、何に使うのかわからない「試作品」のバルブの注文が入るところから始まる。

これが遠因で、佃工業が、「人口心臓」のバルブ供給に新天地を開くきっかけになるのだが、道のりは当然平坦ではない。
前述のように、強敵のライバル企業の出現と、佃工業が部品を納めるのが面白くない、前作で苦渋を飲まされた帝国重工の調達グループと宇宙開発グループの評価担当があれこれ邪魔を仕掛けてくるし、「人口心臓」のほうは学会の大御所とそれとつるむ医療品メーカーが開発と製品認可を陰に陽に妨害してくる。
さて、この数々のハードルをクリアして、帝国重工のロケット・バルブの注文を継続し、さらには、人工心臓のバルブという新天地を開くために、佃航平と佃工業のメンバーはどうするのか・・といった展開である。

【注目ポイント】

今回、佃航平率いる「佃工業」の前に立ちはだかるのは、

苦手な上司、苦手な顧客、苦手な同僚ー。どれもが、組織で働く以上、避けて通れない通過儀礼のようなものだ。それを克服するもとも簡単な方法が自らの出世であるということに貴船が気づいたのはいつの頃であろうか。
地位や立場で見え方も考え方も変わる。それが、組織だ。
地位とは、視野であり、視点の高さである。

ということを信条に、大学内の出世のためには手段を選ばないアジア医科大学の心臓血管外科部長の「貴船」と、NASAの技術者上がりで引き継いだ家業の「工場」をリストラによって、アメリカばりの研究企業に仕立て上げ、さらには、そのネットワークを最大限活用して取引先を広げていくのだが、

鋭い舌打ちをした椎名だが、実は次の一手はすでに打っていた。バルブシステムに通暁したエンジニアの引き抜きだ。技術的な壁は遠からず越えられるに違いない(P115)

といった風に、その拡大戦略のためには手段を選ばない、ササヤマ工業の椎名直之、これに商道徳は微塵ももたない医療記メーカーや事大主義の塊ような医療機器の検査機関の職員といった面々である。

引き抜かれるのは当然のように、佃工業で、日本クラインからの試作品の設計を担当していた技術者であるから、このへんの「敵役」の設定の巧みさは、さすがでありますね。

かたや、佃航平と人工心臓開発のパーティーを組むのは、貴船のかつての弟子で、彼に「人工弁」のアイデアを取りあげられた上に、地方の大学へおいやられた「一村」という真面目な心臓外科医と、娘が心臓病で早世したことから人口心臓の開発が自分の至上命題となり、本業の福井の編物会社を弟に譲り、自らは開発専用の子会社「サクラダ」を立ち上げた桜田章の二人であるから、まあ、善玉・悪玉はかっちりと設計してあって、このあたり、感情移入先に迷うことはないですね。

【レビュアーから一言】

ネタバレを少々すると、池井戸氏のビジネスものの定番通り、最終章に向かってアップダウンの連続の末、ヒットが連続して、最後に大逆転、という筋立てであるので、まずは安心して作者の掌の内で、「うはうは」楽しむのが一番。

最大のカタストロフィを感じるのは、スマートだが、その自信が嫌味で癇に障る若手経営者や、中小企業を見下し、そことのビジネスの信頼関係など屁とも考えない大企業の幹部たちが、今まで寄りかかっていたものが瓦解して、自らの悪行のせいで、突然の墜落、といったところである。そこまでの佃社長ほかの苦労は、大逆転の爽快感に至るまでの長い助走と考えて、悪玉に歯ぎしりしながら読みましょう。

今巻は、「立花洋介」「加納アキ」という若手技術者が「いい働き」をしますんで、そこらあたりを応援して読み進めるのもオススメですな。

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