「人」を育てた経営者の片鱗に触れてみる ー 東海友和「イオンを創った女 評伝 小嶋千鶴子 」(プレジデント社)

企業創業者の伝記、評伝というと、創業者やその企業の業績や名声が高いほど、伝聞とか憶測の衣が厚くなるもので、それらを除いて、その人本来のところを見ようとすると、やはり、直に接したり、部下として働いた人の言を聞いたり、読んだりした上で、取捨選択するという作業が必要になるものだ。

筆者紹介によると、総務、営業、新規事業などの会社の幅広い分野で人事教育を中心に、岡田屋当時からイオンに勤務し、創業者小嶋千鶴子の私設美術館の設立にも関わった人らしいので、本書は「小嶋千鶴子」というある意味、「イオンを創り上げた人」の一人の肉声を直に効いていた人による評伝といってよく、小嶋千鶴子の「実体」を推察していくのにもってこいであろう。

【構成と注目ポイント】

構成は

第1章 小嶋千鶴子を形成したものーその生い立ちと試練
第2章 善く生きるということー小嶋千鶴子の人生哲学
第3章  トップと幹部に求め続けたものー小島千鶴子の経営哲学
第4章 人が組織をつくるー小嶋千鶴子の人事哲学
第5章 自立・自律して生きるための処方箋
終章 いま、なぜ「小嶋千鶴子」なのか

となっていて、「評伝」とはいいながら、彼女の人生を時代を追ってトレースしているのは、第1章ぐらいといってよく、残りの章は彼女が仕事の中で発した「言葉」の紹介とその解釈でるので、どちらかというと「言説集」に近い。

まず最初に注目すべきは

千鶴子は女性であるが故にきめ細かく、日曜に休めない店員のために、終業後「お茶」や「お花」を習わせた。一人前にして嫁に出すための教育と接を施したのである。これにより「嫁をもらうならオカダヤさんの店員をもらえ」というくらい評判がたった

であったり

さらに、大量の大卒者を採用した一九六四年には高校卒の男子社員を対象にした、小売業初の企業内大学OMC(オカダヤ・マネジメント・カレッジ)を発足させた。
高校卒であっても短大卒程度の教養を身につけさせたいという千鶴子の思いである。昔のような商店の丁稚ではいけない。日本の小売業の後進性は知識の不足が原因の一つであると考えていた。生産性の向上がなければ近代化はできない。そのためには「知識」をもった社員が必要であると考えたのである。

といった「社員教育」への情熱であろう。とりわけ、「お茶」「お花」「短大卒程度の教養」を社員へ身につけさせるという「教養主義」の視点で、多くの場合、社員教育といえば語学を始めとした短絡的な技術信仰が強いのだが、これに真っ向から対するもので、彼女の社員教育の主眼が「社員をつくる」のではなく「人間をつくる」ことで、企業そのもののレベルを上げることであったように思える。

そして、イオンの前身の岡田屋の頃から会社を切り盛りしていた経営者であるので、事業家としての才覚も相当なものであったのだろうが、本書では「人事」「教育」の側面で、イオンという企業を支え、発展させてきたイメージを出していて、「企業の発展力を維持していくために、どうしても欠くことができないのは、システムを創造できる人材である」という彼女の言葉には

経験から言うと、人事専門経営者が不在になると、五年でその組織と構成員は劣化、要員は枯渇し、一O年で手の打ちょうがなくなる。
かといって、いつまでもトップ、ダウンだけではそれもいけない。
短期的にはトップダウン経営は良いかもしれないが、長期的に見れば行き詰まることは眼に見えている。その風土から生まれてくるのは頭と手足を分離した多くの実施者と追随者だけだからである。そうしてますますトップ、ダウン経営に拍車をかけ、指示されたことしかやらなくなる。
結果的にイノベーターは生まれない。
そういう意味でいえば、革新を阻害する要因はトップダイン経営である。一番の保守的人間はトップダウン経営のトップ自身かもしれない。

という意味を見出したり、「トップの周りに好みの人間をおいてはならない、トップが褒めたたえた人間も同様である」という言葉に

人事的側面で留意すべきことは、「秘書」と「側近」の扱いである。職務上秘書や側近はある程度私事を扱うことが多い。
スケジュールや面会者予定、決裁書などを扱うため、「公」と「私」の混濁が発生する場合が往々にしてある。
そこに加えて、一つは秘書や側近の思い上がりからくる権力行使とも言うべきことが起きる。
お局や茶坊主が誕生するのである。もう一つは秘書や側近に近づき、情報を得ょうとする輩が出る。スケジュールを得て、先回りして付度準備をする輩である

と筆者が読み解いている。このあたり、昨今の政治的なスキャンダルの数々を考えると、思わず頷いてしまった方々も多いのではなかろうか。

【レビュアーから一言】

イオン(岡田屋)という会社が、地方の商店から日本を代表する流通業界の雄となるまで会社を支えた彼女の言葉の数々は、グローバリズムや能力主義の名目のもと、ともすれば「人」を「モノ」として扱ってしまいがちな現代の企業社会への警鐘でもあって、「人」「社員」が幸福にならない企業活動ってのは必要ないのでは、という根源的な問いかけでもある。

本書の最後のほうにある

まず決心すること、見聞を広げること、実行に手をかすこと、自分の意志で参加することだと思います。社会を変えるためには自分自身を変えることから始めなくてはなりません

という彼女の言葉を噛み締めながら、企業経営に携わる者は、「ひとづくり」をするのが基本中の基本かな、と想うのでありました。

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