民衆の力をもとに秀吉、光秀に勝利す ー 宮下英樹「センゴク一統記 5~7」

落ち武者から一国持ち大名になりながら改易、それからさらに復活という戦国時代随一の復活劇を演じた仙石秀久こと「センゴク」の一代記を描いたシリーズのSeason3「センゴク一統記の第5巻から第7巻。

本能寺の変で明智光秀が織田信長を討った後、光秀は着々と畿内の統治をまとめ、信長に代わる戦国の統一者として道を進もうとしているのですが、「民衆による統治」という当時には斬新すぎる統治策が災いして、まだ完全な体制へは程遠い状況です。ここに毛利攻めの最中にその情報を得た秀吉が、大反転をして明智攻めに向かう「中国大返し」、そして光秀・秀吉の大激突が描かれます。

【構成と注目ポイント】

第5巻の構成は

VOL.36 急報
VOL.37 大いなる決断
VOL.38 和睦交渉
VOL.39 中国大返し
VOL.40 巡る天運
VOL.41 理性と変革
VOL.42 分水嶺
VOL.43 別々の戦場
VOL.44 風聞の虚実

となっていて、本能寺の変の情報は秀吉軍へ伝わり、秀吉軍の上層部は大騒ぎとなります。今まで、精神的な主柱であった信長が討たれた、しかも、織田勢の筆頭家老ともいえる光秀に手で、ということなので大混乱するのは無理もないですね。

ここで、冷徹に事態をとらえる人物がいたかどうかが、この後の秀吉と柴田勝家とを分けたところなのですが、秀吉軍には竹中半兵衛と智謀ではひけをとらない黒田官兵衛がいたことが功を奏します。安国寺恵瓊と黒田官兵衛・蜂須賀小六の密談により、備中高松城主・清水宗治の切腹と毛利との和睦が成立し、

秀吉は、光秀を倒し信長の次の世をつくることを決断します。彼が天下取りへ大きく前進した「中国大返し」の開始です。

一方、信長が海外に出た後の日本の留守を任されることとなっていた、家康は、滞在中の堺を脱出し、伊賀越えして三河へ向かい九死に一生を得ます。ただ、帰還後、直ちに甲州攻めに向かい、旧武田領の奪取に向かうところは流石です。

途中、同行していた、勝家を裏切って武田宗家を継いでいた穴山梅雪は、落人狩りに襲われて討ち死するのですが、武田信勝と彼の影武者を主人公にした「レイリ」では、レイリに暗殺されたことになってますね。

そして、朝廷は光秀は天下を取るとみて彼に接近するのですが、京のほうでは、柴田勝家が丹羽長秀と連合して攻め入るとか、羽柴軍が大軍を率いて上京。織田信孝もそれに加わり、大軍となっている、という流言がとびかいますが、あくまで光秀は冷静に判断しています。これまた、信長を支えた謀将ですな。

ここで、センゴクは、淡路で、菅平右衛門が明智に味方して洲本城を占拠する事態となり、秀吉の命で淡路征圧に向かいます。ここでの菅との戦の始末のしかたが、ずーっと後の小田原攻めでのセンゴクの復活の時に生きてくるのですが、これはまた後の「センゴク権兵衛」シリーズのほうで。

これに続く第6巻が

VOL.45 大山崎
VOL.46 二者択一
VOL.47 理想郷の萌芽
VOL.48 包囲戦術
VOL.49 人たらしの才
VOL.50 山崎布陣
VOL.51 翡翠(しょうひん)隊
VOL.52 自負と畏怖
VOL.53 眩い光

第7巻が

VOL.54 民の覚醒
VOL.55 解放
VOL.56 魔物
VOL.57 眠りと目覚め
VOL.58 借景の国
VOL.59 山崎合戦始末
VOL.60 四方の海
VOL.61 遊山と物語
VOL.62 市と茶々

という構成になっていて、備前から取って返した秀吉軍は「大山崎」に陣を進めます。「大山崎」は国内貿易の要衝の地で、商人の代表である宿老が統治するいわば堺と同じく「自治」の」町ですね。

この大山崎での町合戦(市街戦)を秀吉は覚悟するのですが、光秀は「自治の構想」があるため、町合戦を断念します。
秀吉は大山崎を占拠し、さらに天王山に陣を張る。ここで、天性の「人たらし」で、信長後の新しい世の中の提案をして、町の人々の心をつかむのですが、ここらに、光秀と秀吉の民衆の統治方針とキャラの違いが色濃く出ていて興味深いです。

戦のほうは、大山崎と天王山と勝龍寺城の間に、光秀軍と秀吉軍が対峙します。兵数でいえば秀吉連合軍の圧倒的有利なのですが、大軍であるゆえの驕りから命を惜しみ、秀吉軍の先鋒(池田恒興、高山右近、中川勝秀劣勢)は、光秀の斎藤利光隊に崩され、迂回して横槍をいれるはずの「翡翠(ショウビン)隊」も光秀勢の動きは早く不発に終わります。
押される秀吉軍の士気は下がる一方で、特に、秀吉の勝利に便乗しようとして加勢した神戸信孝などをはじめとする友軍は裏切る寸前になっています。

ここらで、どんな危機的な状況でも突進していく「仙石秀久」ことセンゴクの存在が欲しくなるのですが、あいにくセンゴクは淡路へ派遣中。万事休すかと思いきや、秀吉は、センゴクからの「淡路を平定した」との手紙を、この追い詰められた状況で読み、活力がよみがえります。
秀吉自ら

といった感じで先頭にたち、光秀軍に突進していきます。

これが神戸信孝、丹羽、中川の部隊を後ろから押す形になり、全体が大きなうねりになって光秀軍へ迫ります。民衆の声と一つになって動くことのできた「秀吉」ならではですね。

この大きな塊で突進してくる秀吉軍を、光秀軍の諏訪、伊勢、御巻の軍勢が取り囲んで押しつぶそうとするのですが、うねりに加わらず離れて戦局を見ていた「堀秀政」の軍がそこへ横槍をいれ光秀軍を崩しにかかります。

この横槍の攻撃に耐えきれず、逃走する光秀勢の斎藤軍を秀吉軍が追っていくという流れになります。

もちろん、そこは用意周到に策略を巡らしている光秀、秀吉軍の動きを想定し、突進先に「殺し間」を設定して、秀吉軍をおびき寄せ、弾幕のような銃撃を浴びせて「せん滅」を図ります。光秀の計画では、斎藤利光によって引き込まれた、この「殺し間」での銃撃で、恐怖した秀吉軍が崩れる予定なのですが、なんと、時代と民衆が彼の軍隊を押しているのか、秀吉軍は先頭が倒れても倒れても突進をやめず、前進します。これには、かえって光秀軍のほうが恐怖を覚える始末ですね。

まさに民衆の「暴発」が、光秀の精緻な「理屈」を打ち砕いた瞬間です。光秀の信じる「民衆により政治」というロゴスが、民衆のもつ暴発型のエネルギーというパトスに呑み込まれた瞬間でもあります。秀吉の

という言葉がこれを象徴していますね。

【レビュアーからひと言】

第7巻の後半は、織田信包の清州城に転じます。ここで、浅井家滅亡後、織田家で養われていた信長の妹・お市と彼女の娘・茶々、お初、お江の三姉妹が登場です。お市は、小谷城落城後、再びの登場ですが、美貌はまだ衰えていない上に、政治に対する意欲もまだまだ旺盛です。ここらは、浅井長政、柴田勝家といった名だたる戦国武将の妻となった女性の凄さが表れているようです。

この「お市の方」のもとに、山崎の合戦で勝利した木下秀吉が訪問し、光秀討伐後、織田家の内訌を招かずに重臣による共同統治を実現するための秘策を提案します。俗説では、秀吉はお市の方を娶りたかったという話もあるのですが、このあたりを読むと、秀吉は最後は色恋沙汰よりも政略重視の人間だった、という気がしてきますね。

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