小萩は菓子職人として「脱皮」する ー 中島久枝「それぞれの陽だまり〜日本橋牡丹堂5」

中島久枝

宿屋の娘でありながら、美味しい「菓子」をつくる職人になりたい、と思いたって、鎌倉のはずれの村から江戸へやってきた、つきたてのお餅みたいなふっくらとした頬に黒い瞳、小さな丸い鼻。美人ではないが愛らしい顔立ちの娘・小萩が、日本橋の菓子舗・二十一屋で修行に励む毎日を描く「日本橋牡丹堂」」シリーズの第5弾が『中島久枝「それぞれの陽だまり〜日本橋牡丹堂5」(光文社文庫)』

小萩の菓子職人修業も二年目となって、ぼちぼち彼女らしい菓子づくりもでき、注文も入ってはきているのですが、もともと器用ではないのと、店の売り場と職人たちの食事づくりも仕事のうちで、二十一屋の跡取り息子・幹太との菓子作りの技術の差が開いていくような気がして落ち着かない心持ちとなっています。。今巻は、そんな小萩に山野辺藩などからの新作菓子の注文も来、彼女の新境地の開眼が近いような雰囲気を漂わしています。

【収録と注目ポイント】

収録は

「素人落語のみやげ菓子」
「飴の甘さと母の想い」
「煉り切りの淡い夢」
「『道成寺』の桜、『石橋』の牡丹」

となっていて、まず第一話の「素人落語のみやげ菓子」は、小萩が袋物屋の茶話会にあわせて用意した菓子の評判を聞いてきた「下駄屋」のおかみさんから、下駄屋の旦那が落語会をするときにお客に出す手土産の菓子の注文が入るところからスタート。山野辺藩から頼まれている新作菓子と、今回の注文で店の職人の手が回らなくなるため、「須美」という三十歳過ぎの女性が、台所など奥向きの仕事を手伝ってくれる人が新規にやってきます。

彼女は

須美の鼻はまっすぐで瞳は黒く、長く濃いまつげで縁取られている。芯の強そうな顔立ちだ。やせているが、背が高くて骨がしっかりとしていそうで手足が長い。元気の良さそうな人だった。

という姿格好で、料理も上手ければ、薙刀もできる、という女性です。ところが、このなんでも上手くできる、というのが仇となって、姑と折り合いが悪くなって離縁された、という不幸な人でもあります。小萩は、菓子づくりでも伊佐をはじめベテランの職人にかなわないどころか、同じ頃の修行を始めた「幹太」にも差をつけられ始目ている気がするのと、家事の面では須美さんに遠く及ばないことで、すっかり自信を亡くしてしまうのですが、店の大旦那の

「男の職人が考えつかないことを考えろ。気づかないことに気づけ。職人ってぇのは頭が固いからさ、大福はこういうもん、羊羹はこういうもんだって思っている。その隙間を狙うんだな。それは小萩にしか考えられない。それをつかんだら、見世がはれるな。江戸で生きていける」

という言葉で、新しい工夫を考えついていきます。

第二話の「飴の甘さと母の想い」では、室町にある能楽師のところから、能の稽古にくる子どもたちの「おさらい会」のおみやげの菓子の注文が入ります。この頃の「能」っていうのはハイソの教養ですから稽古にくる子どもたちも大身のお武家様か、大店の跡取りといったところですね。
で、ここに稽古に来ている子どもの中に、須美が離縁された仏具屋・天日堂に残してきた我が子がいるのですが、舞台袖から保止めみようとする須美をかつての姑が冷たく追い払います。さて、この二人を再会させるための小萩の工夫は・・といったところですね。小萩たちがつくった菓子が、縁を結ぶことになる人情噺に仕上がってます。
さらに、今回の菓子作りは、小萩が新作菓子のアイデアを簡単なスケッチにし、それを留助が実際の菓子につくりあげていく、という分業制で仕上がります。菓子の腕はまだまだでも、菓子のアイデアは定評のある小萩の才能が開花し始めた気がしますね。

第三話の「煉り切りの淡い夢」は、山野辺藩から「能」を題材にした新作菓子の注文が入るのですが、四苦八苦しながらもなかなか仕上がりません。そんな中、須美と店の主人の徹次との仲が接近し始めるのと、大旦那の弥兵衛とお福が、家を借りて別居します。そろそろ、二十一屋が完全に新しい体制になっていく段取りが始まっているようです。これとは別に、老舗の菓子舗「伊勢松坂」を乗っ取ったたたき上げの吉原の妓楼主・勝代が、将軍家の嘉祥菓子の注文の一部を請け負うことに成功する、という話が出てくるのですが、これも次巻以降の前振りかもしれません。

第四話の「『道成寺』の桜、『石橋』の牡丹」は、難航していた山野辺藩注文の新作菓子が、いよいよ仕上がるお話です。山野辺藩の注文は「能」にちなんだ菓子ということなのですが、こうした高尚な芸事には縁のない小萩には荷の重い注文です。困った小萩は、第二話で知り合いになった、能の師匠・津谷に助けを求め、能の舞を見せてもらって菓子をつくっていくのですが、さて、その方法は・・・、ということで、ここから先は本書でどうぞ。

【レビュアーから一言】

小萩の菓子作りには、大旦那の弥兵衛のアドバイスがいつも効いているのですが、今回も「深い」言葉が随所に出てきます。今回は小萩が自分の技術の未熟さを嘆くところに

「ああ、いいんだ。職人っていうのは菓子を考えるとき、まずどうやってつくるかを考える。あたりまえだ。今まで学んだ土台ってもんがあるからな。だから、その範囲の中で考えようとする。得意なもんで勝負したいんだ。それを飛び越えたところに新しいもんがあるんだけど、それを飛び越えるのは難しいし怖い。自分じゃそのつもりじゃなくても、どうしても安全なところで勝負したくなる。
(略)
「職人たちに正面からぶつかっても勝てねぇ。だから脇をねらうんだ。人がまだやってないこと。隙間をつく。はいつくばっても、飛び越えても、横入りでもなんでもいい。とにかく別の道を探すんだ。唯一無二の、ほかの奴らには簡単には真似のできない菓子をつくるんだよ。」

といったアドバイスをするのですが、このあたりは、イノベーションに悩む方にも参考になるのではないでしょうか。

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