江戸小紋の人気を、幕府役人と両替商が狙うー高田郁「あきない世傳 金と銀8」

大坂・天満の呉服屋・五鈴屋の女衆として奉公に上がった、村の寺子屋師匠の娘・幸が、この大店を引き継いで、女性実業家として成り上がっていくサクセスストーリー「あきない世傅」シリーズの第7弾が『高田郁「あきない世傅 金と銀8 瀑布篇」(時代小説文庫)』。

前巻までで、武士が身に付けるものとされていた「小紋染め」を改良し、歌舞伎の名優の協力も得て売り出し、大ブームを巻きおこした「幸」たち五鈴屋のメンバーたちなのですが、儲かったり有名になればその分、降りかかってくる波も大きくなるもので、五鈴屋の儲けに目を付けた御公儀が動かしたり、さらに、時限的に女性が店を継ぐのが許されている期限も迫ってくるのが、この巻です。

構成と注目ポイント

構成は

第一章 追い風
第二章 修徳からのでんごん
第三章 凪
第四章 恵比寿講
第五章 百花繚乱
第六章 賢輔
第七章 不意打ち
第八章 思わぬ助言
第九章 肝胆を砕く
第十章 響き合う心
第十一章 百丈竿頭
第十二章 怒涛

となっていて、まずは町人向けに開発した「江戸小紋」が大当たりをとり始める景気のいいところから滑り出します。江戸では新参者で、日本橋に店を構える大店の呉服店の販売力には太刀打ちできないため、現銀店頭売りと、気付け指南と合わせて始めたもので、今でいえば、直販による廉価販売、無料でのカルチャー教室、新ファッションの提案といったものをまとめてやったようなもので、さながらZOZOとユニクロを合体したような店の出現で、業界大激震といったところでしょうか。

当然、「生き馬の目を抜く」と言われる江戸のことなので、「幸」の語鈴屋が開発した商品のノウハウをまねたり、同じような商品販売に多くの呉服商が乗り出すのですが、この動きを大きく妨害したのが、「麻疹」という流行病の蔓延です。「麻疹」というのは「はしか」のことで、ワクチンがまだ開発されていない江戸時代は、このウィルスに感染すると90%の発症率で、子供が感染した場合は死亡率の高い、当時非常に恐れられていた病気で、何度も大流行をしています。
この病気が「江戸市中」に広がったせいで、小紋の製造販売に乗り出し始めていた同業者は失速、五鈴屋は小紋の端切れが「病除けの手拭」として評判をとったこともあり、「先行者利益」によって逃げ切ることに成功します。

しかし、この大ブームが幕府の役人の目につかないはずがなく、財政窮乏している幕府から、1500両もの上納金を収めるよう要請されます。「要請」といえば聞こえはいいのですが、断ると呉服の「組合」から除名されて商売ができなくなるので、実質「強制」ですね。断ることのできない、この上納金をどう経営に痛手の少ない形で対応するか、といったところに、商売上手の「幸」の手腕が見事に発揮されるのですが、詳しくは本書のほうで。このピンチを斬る抜けるのに、行方不明になっている、前の夫の協力があるのも、彼女の美貌と魅力のおかげかもしれません。

しかし、この魅力がマイナス方向に作用していくのが、妹・結との関係ですね。彼女は、姉のことを尊敬して、必死に後を追って頑張っているのですが、いくら努力しても追いつけない、というのが悩みのタネです。これが商売のことだけならよいのですが、恋愛問題にも波及して、どんどの泥沼状態にたり、ついには・・・という展開で、「幸」が「江戸小紋」のレベルアップをするために講じたことや、結の舞い込んできた縁談話を断ったことなどが、「逆手」となったいくのですが、今巻ではその序章のところまで。大波乱は次巻となってます。

この物語の主人公「幸」は美人で、商売上手で、気配りもできて、と素晴らしい人なのですが、時折、それが悪いほうに働いて、近くにいる人の人生を狂わせてしまう副作用があるようです。一番目と二番目の旦那さんにそういうことがあったのですが、今回は妹の「結」にその力が作用したようで、本書でじっくりお確かめください。

レビュアーからひと言

このシリーズでは、商売の才能があっても、店の代表権を女性が継げない「女名前禁止」という大阪の商いの仕来りが、物語の流れを動かしていく要素ともなっています。期限付きで「七代目」を襲名できた「幸」がこのしきたりをどうクリアするのか、というところが見ものでもあったのですが、残念ながら、今巻のところは、その制約は崩せないまま、八代目を大阪本店の番頭の周助に決めています。昔ながらの伝統の壁は厚かったということでしょうが、主人公「幸」がこの女性への制約がある中で、どう商いを展開していくか楽しみにしておきましょう。

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