左馬介を陥れる岡っ引きと会津藩士に逆襲せよー上田秀人「金の色彩」

歴史上、「賄賂政治」と悪評の高い田沼意次の時代を、八代将軍・徳川吉宗が仕掛けた幕府再生のための「米(コメ)」から「金(カネ)」へと武家の価値観を転換する仕掛けがなされた時代と位置づけ、田沼意次に協力してその施策を進める両替商の用心棒となった「鉄扇」を使う、親の代から続く由緒正しい「浪人者」諫山左馬介の活躍を描く「日雇い浪人生活録」シリーズの第9弾が『上田秀人「金の色彩 日雇い浪人生活録 9」(時代小説文庫)』です。

第8巻で、左馬介が分銅屋の危難を救うために無頼の旗本を殺害した罪で捕えようと執拗に狙っていた南町奉行所の元定廻り同心・佐藤猪之助がお役御免の上、捕縛。さらに、田沼意次の失脚を狙って画策していた目付たちの動きも封じたのですが、その後日談と、預かり地の領地編入と幕府の御手元金の下賜を狙う会津藩の動きをどう打ち砕くかが描かれるのが本巻です。

構成と注目ポイント

構成は

第一章 縄張りの重み
第二章 出入りの明暗
第三章 深い策
第四章 しがらみ
第五章 遠き先祖

となっていて、まずは、新田開発の費用を、かつて父親が藩士であった諫山左馬介を利用して「分銅屋」から借りることに失敗した会津藩留守居役・高橋外記が、田沼意次の用人に左馬介の秘密をもらし、分銅屋の失脚を狙うところから始まります。ただ、相手の事情を調べもしない「奸計」というものほど脆いももはなく、これは見事に田沼意次本人によってたたきのめされ、かえって高橋の地位を危うくすることになります。このへんの急転直下は、いままでさんざん「上から目線」だった人がひっくりかえる爽快感が味わえます。
さらに、田沼意次の不評をかって、一転して窮地に陥った高橋が、今度はあわてて分銅屋に仲介を頼みにやってくるのですが、この頼み方がまた高圧的なやり方で、さらに墓穴を掘ってしまうあたりは、一旦坂道を転がしだすと、今まで威張っていた分、跳ね返ってくるものもより厳しくなる典型的なところで、このあたりは、人生の処し方として、「謙虚さ」が大事なことをあらためて感じさせるところですね。

そして、左馬介の罪状をばらして、彼を獄につなぐとともに、分銅屋の失脚を狙った人物たちへの、分銅屋の「復讐劇」はさらに拡大します。南町奉行所の同心・佐藤に秘密をもらした岡っ引きの親分・五輪の与吉の縄張りを引き受けないかと、隣接する地域を縄張りにする「布屋の親分」をそそのかします。一見すると、五輪の与吉に自主的な「引退」を周囲から勧めさせるような形式をとっているのですが、引退後の余生を過ごすための「退き金」という退職金は支給されないようなので、実質は「懲戒解雇」ですね。この仕打ちは、同心・佐藤が獄中で死んだことを知った与吉が暴発して「分銅屋」を田沼意次邸前で襲撃するきっかけにもなります。この襲撃によって、与吉は田沼邸の家士たちに捕らえられ、奉行所に突き出されてしまうのですが、同心とか岡っ引きとか、今まで取り締まる側にいた役人が牢内に入ると、囚人たちによる復讐はどんでもなく残虐なこととなったそうですので、与吉の運命もここまで、というところでしょうか。
分銅屋の自分を嵌めようとした人間の「追い詰め方」が半端じゃなくて、ちょっと怖いですね。

一方、分銅屋に逆襲されて、藩内での留守居役という地位から滑り落ちた「高橋外記」は会津藩と分銅屋に捨て身の反撃に出ます。蟄居させられていた藩邸から、自らの有り金を持ち出して蓄電し、自分が抱えている会津藩の秘密を土産にある藩の江戸藩邸に転がり込むのですが、さて・・・といった展開です。

余談ながら、この巻で、江戸市中の賭場で、質の悪い「鐚銭」が見つかるという話が並行します。鐚銭のような私鋳銭は、幕府の通貨政策の信用を落とすものなので、厳しい取り締まりの対象となっていて、ひとつの藩内での流通はあっても、江戸市中でみつかることはまれなことです。何かの大事件の伏線として作者の仕掛けが隠されていそうですね。

レビュアーから一言

会津藩は、徳川家の忠実な藩屏として、徳川家光・家綱時代には、始祖・保科正之が幕政の中心として幕府を支え、幕末には最後の藩主・松平容保が京都守護職として倒幕派と戦うなど、「忠義の家」としての印象が強いのですが、本巻では、御三家に対抗意識を燃やして水戸藩と同格となるような政治工作をするため、領内に圧政をしいて一揆を誘発したり、とあまり良い感じでは描かれていませんね。さらにライバル視された水戸藩も、副将軍として参勤交代を免除されているので、財政的には裕福かと思いきや、水戸黄門こと徳川光圀の大日本史編纂の費用は嵩んだり、藩主や多くの藩士が江戸住まいなので、かえって生活費が嵩んでいたり、といった裏事情もあるようですが、こういった豆知識が読めるのが、このシリーズの楽しみでもありますね。

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