徳川信康と築山殿の処刑の原因は「一向一揆」?=上田秀人「継ぐ者」

徳川家と武田家とのし烈な戦いが行われている最中におきたのが、徳川家康の跡取りとして、織田信長の娘・五徳を妻女にもらい、勇猛果敢な武将として知られた「徳川信康切腹事件」です。武田家の陰謀とも、織田信長の徳川家の勢力を削ぐための策略、あるいは徳川家内部の岡崎と駿府の勢力争いとも、様々な説が乱立している事件なのですが、当代を代表する時代小説家である筆者が、家康、信康、築山殿の三者の葛藤を軸に新解釈を試みたのが本書『上田秀人「継ぐ者」(KADOKAWA)』です。

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あらすじと注目ポイント

構成は

第一章 急転の日
第二章 違う想い
第三章 嫁取り
第四章 三河の価値
第五章 子離れ
第六章 危難と初陣
第七章 続く戦い
第八章 新旧激突
第九章 若武者の勢い
第十章 跡を継ぐ者
第十一章 跡継ぎ狂奔
第十二章 同盟の罅
最終章

となっていて、冒頭は「桶狭間の戦」で今川家の当主・義元が織田信長によって討たれた、との報が駿府に届くところから始まります。

この報せは徳川家康の妻・瀬名のもとへも届くのですが、彼女の反応は「なぜお館様の危難にかけつけなかった」という避難ですし、義元の息子で後継ぎの今川氏真は弔い合戦ができぬことの口惜しさと、この敗戦の責任は誰にあるのか、という責任追及を始めます。

徳川家康は、この今川義元討死の機に乗じて三河へ還り、今川支配から独立していて、これを「裏切り」と評する声もあったのですが、仮に駿府に帰還すれば敗戦の責任を負わせて詰め腹を切らされるのがオチだったんでしょうね。ただ、瀬名と幼い信康を、敵地ともいえる駿府に残したことが、二人の家康に対する信頼感を失わせていったであろうとことは想像できるところです。特に瀬名は今川義元の姪である自負が強く、もともと人質あがりの家康を軽んじるところがあったので、その思いは一層強くなったのでは、と思われます。

残念ながら、本書ではNHKの「どうする家康」の有村架純さんの演ずる「瀬名」と違って、家康の恋愛感情も尊敬の念も全く抱いていない女性として描かれています。

なので、人質交換で鵜殿兄弟と引き換えに瀬名と信康が三河へ来てからも、彼女を城内にいれることなく、かといって放逐すれば、反徳川の旗印として今川家に利用されるため、城下のはずれの「築山」に幽閉同然に匿ったという流れです。

こうして、生母の「今川色」を排除した家康だったのですが、今度は同盟者の織田信長が娘を信康の嫁に出してきたことから、信長と信康とのつながりが深くなり、織田信長のきらびやかな姿に信康は心服するようになっていきます。まあ地味で「遠江」攻略にすらてこずっている父親に比べて嫁の義父は天下人も間近となっている武将なので無理もないところなのですが、実父の家康としては心穏やかでないところでしょうね。この意識はそれぞれの配下の武将にも伝染するもので、このあたりが、信康の切腹が、駿府派vs岡崎派という徳川内部の対立が原因とする説の由来ですね。井原忠政さんの「三河雑兵心得」ではこの説が採用されているような感じがします。

さらに、本書では、信康と五徳の間はそうひどくないように描かれているのですが、ここに介在してくるのが、織田家憎しで凝り固まっている「築山殿」で、家康が「遠江」攻略で岡崎のことを顧みる余裕のないことを好機に、城内に入り込んで、着々と「築山殿」側の勢力を増やしていきます。

そして、五徳姫にできた子供が女児であったことから、家臣の浅原昌時の娘を側女に推薦して信康を手中に取り込もうと企みます。この浅原の側女が男児を産んだことから彼女の計画は成功したかにみえたのですが、この女が熱心な一向門徒であったことから事態は別の方向へと進んでいって、という展開です。

NHK大河ドラマ風の「大・平和国家構想」でもなく、今までの武田ないしは織田の陰謀説でもない、あらたな新設がどんなものかは、原書のほうでお確かめを。

レビュアーの一言

徳川家康には今川義元の姪・瀬名が、徳川信康には織田信長の娘・五徳が嫁いでいて、当時の勢力図や上下関係を考えると、家康や信康が義元や信長に高く評価されての厚遇といったようにも見えるのですが、本書では義元、信長ともその本心は、瀬名の息子、五徳の息子にあったと考えられています。

それぞれの息子が元服した暁には(当然。元服の儀式や烏帽子親も義実家主導でされるのですが)、家康や信康を早々に隠居させて三河の実権を奪い取ってしまおうという魂胆ですね。となると、瀬名も五徳のそれぞれの実家の意向を胸に秘めた「先兵」ともいえるわけで、有村架純さんや久保史緒里さんの可愛らしい笑顔にもなにやら企みが隠れいていそうな気がしてくるのは管理人だけでしょうか・・・

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