左馬之助を付け狙う同心、ついに奈落の底へ ー 上田秀人「金の悪夢 日雇い浪人生活録8」

歴史上、「賄賂政治」と悪評の高い田沼意次の時代を、八代将軍・徳川吉宗が仕掛けた幕府再生のための「米(コメ)」から「金(カネ)」へと武家の価値観を転換する仕掛けがなされた時代と位置づけ、田沼意次に協力してその施策を進める両替商の用心棒となった「鉄扇」を使う、親の代から続く由緒正しい「浪人者」諫山左馬乃助の活躍を描く「日雇い浪人生活録」シリーズの第8弾。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 執念の火
第二章 新たな権
第三章 捨てる者
第四章 竹刀の力
第五章 強欲と縁

となっていて、産まれたときから浪人の子供であった諫山左馬之助なのだが、父親が使えていた藩が「会津藩」であったことが明らかになるところから今巻がスタート。ただ、よくある時代小説であると、父親が藩を追われたのは藩主の座をめぐるお家騒動とか、なにかの政争にからんで、といった話が続くのだが、本シリーズでは、藩の財政悪化のための藩士の先代藩主の時に「召し放ち」でクビにされたという経緯なので、なんとも景気はよくない。
しかも、かつて父親をクビにした左馬之助に、お側御用取次の田沼意次と関係のある「分銅屋」から金を引き出す目的で近づこうというのであるから、これまたナントモな話である。

で、話の本筋のほうは、左馬之助の御家人殺しを執拗に調べていた南町奉行所の元同心・佐藤猪之助に風呂屋で自分の犯行であると喋ったことから、猪之助が分銅屋と左馬之助につきまとって起こす騒動を描いている。

もちろん、前巻までで、その捜査で分銅屋を怒らせてしまい、左馬之助を捕まえるどころか、同心の地位からも追われてしまっているので、自らに力でどうこうする力は残っておらず、田沼意次の失脚を画策する「目付」の芳賀と坂田の二人を使ってどうにかしようという、結構セコいやり方ですね。ただ、そういう手がうまくいくはずもなく、目付の屋敷から追い出されたり、力づくで左馬之助を陥れようとして返り討ちにあったり、ともう散々な有様で、ここらへんになると、前巻までは権力にモノをいわせて威張っていたり、横柄なことをやっていただけに、かえって哀れではあります。

これは、田沼意次を狙う目付・芳賀と坂田にも言えることで、手下として使っていた徒目付たちが田沼へ情報を漏らしはじめたり、同僚の目付たちが彼らの挙動を不審がって、その落ち度を監視し始めたり、と史実ではこれから田沼意次の権力は増大するばかりであるので、この二人の目付の将来も明るいものではありませんね。

今巻は、分銅屋や左馬之助の大きな危機が迫ることもなく、今まで二人を苦しめていた奴らが懲らしめられて、ちょっとスッキリする筋立てであります。勧善懲悪好きの当方は安心して読めましたね。

【レビュアーから一言】

徳川幕府成立初期には、名君・保科正之を頂いて、献身的に徳川家を支えたり、幕末には瓦解しつつある幕府を支えるため、貧乏くじともいえる京都の警護を受け持ったり、明治新政府に最後まで白虎隊など若いものたちも含めて抵抗して幕府に殉じたり、と「善玉」役の多い「会津若松藩」なのですが、今巻では、昔放逐した藩士の息子を利用して、市中の商人から金を巻き上げようとしたり、それが失敗したはらいせに田沼家に難癖をつけようとしたり、と褒められた役どころではありません。
このシリーズの常として、権力を傘に来て、主人公たちに無茶をしかける奴らは、てひどい仕返しを受ける段取りが多いので、次巻以降、どんな仕返しをされるか、「黒い愉しみ」が刺激されるところであります。

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