加賀の留守居役は紀州徳川家の陰謀を撃破ー上田秀人「要訣 百万石の留守居役17」

徳川第二代将軍・徳川秀忠の娘で、加賀・前田家の二代当主・前田利常の奥方・珠姫の「御陵守り」という閑職から一躍、江戸詰の留守居役に抜擢され、さらには加賀藩で「堂々たる隠密」と異名をとる本多正信を祖先とする筆頭宿老・本多政長の娘・琴姫の婿となった瀬野数馬の活躍を描く「百万石の留守居役」シリーズの第17弾が『上田秀人「要訣 百万石の留守居役17」(講談社文庫)』。

前巻で、国許・加賀では本多家の家督争いを仕組んで、その隙に分離独立を狙う家中の動きを阻止し、江戸では老中・大久保加賀守の本多家追い落としの策略の数々を撃破した本多政長・政敏親子、瀬能数馬だったのですがシリーズ最終巻では、数馬の妻・琴姫を紀州家にとりこもうとする徳川光貞との対決がまっています。

あらすじと注目ポイント

構成は

第一章 本家の役割
第二章 過去の失策
第三章 絡む思惑
第四章 本多の怒り
第五章 龍虎虎狼終章

となっていて、冒頭では瀬能数馬を呼び出すために、瀬能家の本家である、旗本の瀬能仁左衛門が法事と嘘をついて数馬を呼出すところから始まります。もちろん、本当に法事が予定されていたわけではなく、紀州家からの命令による嘘言なのですが、数馬は出席するのですが、ここで、政長本人が家臣に仮装して侍従してくるというおまけがつきます。まあ、これは法事と称して呼び出された寺で登場する、今巻の敵役の「徳川光貞」に位負けしなかった、という意味で正解です。

ただ、もともとは将来あるかもしれない将軍選考のときには、紀伊徳川家を有利にしようという思惑で始めた「琴姫の取り戻し」なのですが、本多政長の強大さを思い知って、数馬を殺し、琴姫を自らの側室にすることで、本多家を完全に取り込もうと邪心が肥大化していくこととなります。

そのための手段が、瀬能数馬の暗殺と加賀にいる琴姫の拉致誘拐という悪辣なもので、これが紀州家で代々諜報活動に従事していた「薬込役」たちに命じられます。

まず第一番目の「数馬暗殺」の舞台は「吉原」です。

第15巻で江戸城中で本多政長に無遠慮に琴姫を再び紀州徳川家の水野家に嫁がせてほしいと依頼してきた留守居役の「沢部」を使って呼び出し、吉原で斬り殺してしまおうという作戦なのですが、沢部に対して、本多政長も数馬も嫌悪感を抱いている、ということや、吉原全体を差配する西田屋と政長が昵懇な関係にある、といったバックグラウンドを全く調べずに実行してしまう「紀伊徳川家」の情報部隊「薬込役」は、かなりレベルが下がっているといわざるをえないでしょうね。

案の定、吉原の外で、数馬と従者の石動庫之介を襲った「薬込役」の部隊は、加勢に加わった女忍者の「佐奈」と数馬、石動たち三人によってあっさりと始末されてしまいます。ついでにいうと、紀州家の動きを聞きつけた大久保加賀守が派遣した伊賀者も、加賀の軒猿の別部隊によって始末されています。

紀州家のうった二番目の手となる「琴姫誘拐」の舞台は国許の加賀です。

金沢の城下に潜入した「薬込役」たちは瀬能家から一人の若い女性を誘拐することのは成功します。ただ、琴姫は本多家に遺恨のあるものたちからの襲撃を避けるため、実家に帰っているので、誘拐されたのは数馬の妹・美津です。

この誘拐実行時にも、琴姫の風貌とかなんにも確かめずに、結婚したら婚家にいるに違いないという憶測で動いていて、まあ諜報部隊としてはダメダメですよね。この部隊も皆さんのお見込みどおり、加賀の軒猿たちに始末されてしまいます。

ただ、このニつの手は、本多家、特に「琴姫」の怒りを爆発させてしまいます。「琴姫」自身を囮に使って、行列を襲わせ、返り討ちにするという強硬手段に出るのですが、このバトル・アクションのほうは原書のほうでお楽しみください。

今まで、エラそうにしていた紀州藩江戸留守居役や、加賀藩を馬鹿にしていた薬込役、紀州藩士がぼこぼこにやられますので、かなり溜飲が下がること間違いなしです。

そして最後の仕上げは当然、紀州藩主・徳川光貞へのお仕置きですが、これは彼だけにとどまらず、大久保加賀守も含め、将軍・綱吉も乗り出してくる大掛かりなものになっていきます。

まあ、どちらも史実ではこれから長生きすることがわかっているので、成敗するわけにはいかないのですが、徳川光貞が、女癖はわるいながらも善政を敷くことになったのは、最後のほうにでてくる、本多政長が語る、徳川信康切腹の真相とか、大久保家が家康に嫌われて取り潰された理由とか、徳川幕府誕生時の秘話のおかげかも、なんてことを想像すると楽しいと思います。

Bitly

レビュアーの一言

今巻で、加賀の軒猿に対峙するのは、幕府側が伊賀者、紀州が薬込役なのですが、どちらも軒猿のボコボコにやられ、薬込役のほうは

「どれだけ我らがあぐらを掻いてきたか、思い知らされたわ。もう一度、いやより厳しい修行を重ねねば、軒猿には及ばぬ。」

「今以上の武芸を身につける・・・」

「違う、忍びの技じゃ」

(中略)

「今度のことで、われは心底悟った。これからは力ではない。細作の能が天下を左右すると」

といった感じで、今回の失態を反省し、今後の方向を見定めているのですが、伊賀者のほうからはそういうことは聞きません。筆者の別シリーズの「水城聡四郎シリーズ」では、徳川光貞の子供である八代将軍・徳川吉宗の隠密として、薬込役が御庭番となって活躍するのですが、伊賀者は老中たちの走狗に成り下がって、吉宗から圧迫されて幕府の隠密としての地位を失っていきます。

この物語はフィクションながら、似たような事態が本当にあったのかも、と思うとワクワクしますね。

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