数馬は大久保老中の謀略を三度粉砕。加賀の家督騒動も決着ー上田秀人「乱麻 百万石の留守居役16」

徳川第二代将軍・徳川秀忠の娘で、加賀・前田家の二代当主・前田利常の奥方・珠姫の「御陵守り」という閑職から一躍、江戸詰の留守居役に抜擢され、さらには加賀藩で「堂々たる隠密」と異名をとる本多正信を祖先とする筆頭宿老・本多政長の娘・琴姫の婿となった瀬野数馬の活躍を描く「百万石の留守居役」シリーズの第16弾が『上田秀人「乱麻 百万石の留守居役16」(講談社文庫)』。

前巻で数馬が加賀藩の隣藩・松平綱昌からぶんどった「詫び状」をめぐって、越前松平家や老中・大久保加賀守による加賀本多家の追い落としを図る謀みを、将軍・綱吉をまきこんで粉砕した本多政長と瀬尾数馬だったのですが、本多家を宿敵とする大久保加賀守が三度、追い落としの罠を政長と数馬がどう迎え撃つか、にあわせて、加賀の国許での本多家の嫡男・政敏をそそのかしての家督争いの真相が判明し、その結末が描かれるのが本巻。

あらすじと注目ポイント

構成は

第一章 前例の弊害
第二章 屏風の裏
第三章 権の走狗
第四章 策の成否
第五章 妄執の崩

となっていて、冒頭では、前巻の最後に紀州藩の留守居役から本多政長に、政長の娘・琴姫と数馬を離縁させて、再び琴姫の元夫であった水野家に再嫁してほしい、という要請を江戸城内でしていたことの続きです。現在の夫である数馬を前にして、しかも陪臣とはいえ、加賀藩の重役で将軍とも近い、本多政長にぬけぬけと行ってくるあたりが読者には癇に障るところですが、このシリーズで無神経な態度で、上から目線でくる輩は後でこっぴどいめにあうのが通例です。紀州家との軋轢とバトルは次巻以降に展開されるので、今巻のところではこの無礼さと今までの因習にのっかった態度を覚えておきましょう。
ただ、この「因習」にとらわれたやつ、っていうのは加賀前田家であちこちにいて、今回も松平綱昌の詫び状の取り扱いを巡っての、加賀藩江戸屋敷内での会議で、本多政長の怒りをかって、留守居役の役目をダメ出しされているので、幕府や暗君のいる藩に限ったことではないですね。

さて、今巻での主軸の一つは、詫び状をめぐる取り扱いや藩屋敷に市中のやくざものに乱入された不手際を旗本に糾弾させるも、将軍の目の前で撃沈という失敗で面目を失った大久保加賀守が目付をつかっての本多政長の評判の追い落としを図ります。このひとは、史実では後に大久保家悲願の小田原復帰を果たし、さらに老中首座まで務め、若い頃は隅に追いやられていた徳川吉宗を綱吉に面会させ、吉宗が世に出るきっかけをつくった人です。当時の人物評価では「善人の良将」といわれていたようなので、このシリーズでの悪役ぶりは本多政長側にたった、悪意のバイアスがかかっているかもしれません。
ただ、この企みは、政長と数馬によって撃破。かえって、目付の面目を失わせ、堀田老中側に走らせることとなってしまいます。失敗を反省することなく、繰り出す手が「悪手」を重ねる、という泥沼に落ち込んでいるように思えます。

第二の主軸は、国許・加賀での、本多家の嫡男・政敏をめぐる家督争い騒動の決着です。ここまでで、部屋済みのまま冷遇されている(と世間では思われている)嫡男の政敏が、父親の政長が江戸出府中に、藩内の不満を抱える藩士と結託して、父の隠居願いを出したりと反抗をはじめているのですが、この藩士にバックに加賀の地に戦国時代から続く旧家「長」家の重臣の陰謀が隠されていて、という展開です。ただ、彼らに騙され乗せられている雰囲気のあった本多政敏は、実は、父親の政長や加賀藩主の前田綱紀としめしあわせて、藩内の不満分子のあぶり出しと粛清を図ろうとしていたもので、彼のバカ殿様ぶりは反対派を誘い出す罠ですね。
ここらあたりは、ひょっとするとくすぶったままになってした不満の熾火に風をおくって火をおおきくしたようなもので、本多一族のほうが一枚上手な上に悪どいといわざるをえません。ここから先の「藩内の不満分子一掃」の様子は原書のほうで読んでいただきたいのですが、筆者お得意の「上から目線」の人物たちが次々とひっくり返されていく様子には、定番の「スッキリ感」を味わうことができると思います。

Bitly

レビュアーの一言

本多政長に代表される本多一族は、加賀藩の忍びとして知られる上杉謙信由来の「軒猿」を配下にもっているのですが、今回、政敏を騙した黒幕は、「歩き巫女」という忍び集団を使っています。もともと、「歩き巫女」は戦国時代に武田家につかえていた忍者集団の一つで、全国各地を渡り歩きながら、巫女として吉凶を占いながら様々な情報を集め、主家の武田家にもたらしていた、といわれる集団で、「巫女」という名前のとおり、女性忍者である「くノ一」のみで構成されていたのが特徴ですね。ただ、忍者の特性は他の忍者集団と共通していて、今回の黒幕となる「長家」の重臣・永原主悦の陰謀が失敗し、長家の当主からの信任もなくなったと見るや

歩き巫女はあなたの家臣ではございませぬ。長家の家臣。先代(の)連頼(つらより)さまが長家の発展のためとお考えになり、あなたさまに付けられただけ。それを御当代さまが否定されました。ゆえに、我らは里へ戻りまする。あらたなご命が下るまで、里で神守をいたしてすごします。

といった感じで、あっさりと永原主税を見捨てていきます。このあたりは忠義で縛られる「武家」と違ってドライなものですね。

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