教誨師の僧侶は死刑事件に隠された秘密を解き明かすー中山七里「死にゆく者の祈り」

いつ処刑されるかわからない恐怖を抱えながら日々をおくる死刑囚と対話相手となり、宗教を丁寧に教え諭し、最後がその死刑囚の刑の執行の場面にも立ち会う宗教教誨師を務める浄土真宗の僧侶・顕真が刑務所で出会った死刑囚は、若い頃、彼の生命を救った恩人だった、という設定で、死刑囚の心を開くために、彼の犯した犯罪を調べるうちに、思ってももなかった事件の真相が明らかにされている異色のミステリーが本書『中山七里「死にゆく者の祈り」(新潮社)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 教誨師の祈り
二 囚人の祈り
三 救われた者
四 救われた者の祈り
五 隠れた者の祈り
六 裁かれる者の祈り
エピローグ

となっていて、まずは、本書の主人公で探偵役となる、浄土真宗の僧侶で、刑務所の宗教教誨師を務めている顕真僧侶が、死刑の執行の場面に立ち会うところから始まるのですが、ここは、教誨師という仕事の内容や死刑執行の様子を読者に知らせれくれる役割のところなので、いわゆる豆知識として覚えておけばよいでしょう。

教誨師は命の恩人に出会う

本当の幕開けは、彼が刑務所に収監されている受刑者を集めての集団教誨の場で、二人の男女を殺害して死刑囚となっている、若い頃、「顕真」の生命を救ってくれた恩人の姿をみつけて、説法がズダボロになるところからです。その場面に描写では明らかにならないのですが、物語の中盤ほどで、その死刑囚・関根要一は、「顕真」の大学時代の山岳部仲間で、山で遭難しかけた「顕真」と「顕真」の恋人を命がけで麓まで抱え降ろしてくれた生命の恩人です。温厚で、頼りがいのあった関根がなぜ、二人の男女に顔の悪口を言われてことで腹を立てて登山ナイフでさつがいするような犯行をおこしてしまったのか、死刑を直前に控えた関根の心の中をさぐるため、その事件の原因を調べ始めるのですが・・という筋立てです。

しかし、すでに決着した事件を掘り返す「顕真」の行動は、不審がられ、当時、その事件を担当していて「富山警部」からは犯罪者の仲間のような扱いをうけますし、所属する浄土真宗導厳寺かも、道を踏み外していると厳重な注意を受けます。さらに、被害者の遺族からは、肉親を奪った犯人の味方をする人物として忌み嫌われたり、とさんざんな扱いをうけることとなります。その上、当の「関根」本人が事件のことを話すことの非協力的で、死刑が執行されるのを待ち構えているような様子さえ漂わせる、という八方塞がりの状況に直面します。

教誨師は死刑事件の秘密をつきとめる

こういう状況なら大抵の人はここで諦めるのですが、関根が生命の恩人であるせいか、「顕真」は当時の事件の捜査官であった文屋刑事の協力を得て、調査をすすめるのですが、そこで、被害者となって男女のうち、男性のほうが医療麻薬を横流ししていたのでは、という黒い噂があったことと、女性はこの男性と交際する少し前まで「リュウくん」と呼ぶ男性と交際していたはずなのだが、といった捜査の段階では明らかになっていなかった事実が判明します。
この「リュウくん」が、関根が事件のことを深く語らず、しかも死刑を待ち望むような態度にも関係しているのでは、と調査をすすめると、関根そっくりの風貌をした「リュウくん」を探し出すことに成功します。彼の正体は何なのか、そして二人の男女の殺害事件で関根の隠している真相は何・・・といった展開です。

少しネタバレすると、この「リュウくん」を関根が庇っているのは間違いないのですが、関根との関係が謎解きのヒントの一つとなりますね。ただ、ここで安心してはいけないのが、ドンデン返しの名手である作者の仕掛けで、この先にさらなる真相が隠れているのですが、ここから先は原書のほうでどうぞ。

レビュアーから一言

今回は探偵役を務めるのが、警察官でも検事でもなく一般人、しかも「お坊さん」ということで、静かに謎を解き明かしていく「冤罪もの」なのかな、と想像していたのですが、現職警官を道連れのしての再捜査など、刑事モノのミステリーさながらの足をつかった捜査も展開されますし、関根の死刑執行命令が署名された後の、昔のアメリカの一コマ漫画のような、死刑執行を停止する「州知事の電話」が入るまでの大アクションとか、動きの激しいミステリーにもなっていますので、刑事モノの好きなミステリーファンも楽しめる仕立てになっています。

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