復讐できない相手に正義の鉄槌を下すにはー中山七里「ネメシスの使者」

中山七里ミステリーでは、心神喪失者や未成年者による犯罪であるとか、刑法39条の問題とか、けっこう際どいテーマが取り上げられることが多いのですが、死刑廃止論争や、凶悪犯罪を犯しながら死刑ではなく懲役刑となった犯罪者への「罪の償い」についてを主要テーマに置きながらのミステリーが本書『中山七里「ネメシスの使者」(文春文庫)』です。

今巻では、凶悪な風貌と博識と抜群の推理力が共存している埼玉県警の「渡瀬警部」と彼の弟子格で熱血の突進警察官「古手川刑事」をメインキャストにして、凶悪犯の家族を襲う事件の謎解きが描かれます。

構成と注目ポイント

構成は

一 私憤
二 公憤
三 悲憤
四 憂憤
五 義憤
六 怨憤

となっていて、表題のネメシスはギリシア神話に登場する女神で、人間が神に対して働いたブレに対する神様の憤りと与える罰を擬人化したもの、とされていてギリシア悲劇では、神罰の執行者と表現されていて、ネメシスの祭りは、十分な祭祀を受けなかった死者の恨みが、生者に、向かわないようにする儀式とされていたようですね。

この熊谷市でおきた老女の刺殺事件の現場に、被害者の指で書いた血文字で「ネメシス」と書かれていたことが今巻の連続殺人事件の始まりです。この事件の捜査の過程で、老女が”軽部亮一”という連続女性殺人事件の犯人の母親であることがわかり、捜査本部に参画していた渡瀬は、現場の「ネメシス」という血文字から、死刑とならず刑務所に収監されている犯人に鉄槌を加える代わりに母親を殺害したのでは、という独特の推測を抱きます。

この推測は法務省関係者も動かし、七里ミステリーの「ピアニスト探偵」シリーズの主人公・岬洋介の父親である岬検事が、検察側の担当検事としてこの事件を担当することとなり渡瀬警部と並行して捜査をすすめることになるのですが、検察が死刑を求刑した裁判で減刑する「温情裁判」を連発している渋沢裁判長の被告の家族が捜査の対象となってきますね。

第二の事件では、女性へのストーカーがこうじて、その女性と祖母を殴り殺した犯人の父親が、その犯行とおなじように鉄パイプのようなもので撲殺され、同じようにネメシスの血文字が被害飲持っていたスーパーのレジ袋にかかれているのが発見されます。どうやら、今回のネメシス事件の犯人は、死刑とならなかった凶悪犯が被害者に加えたのと同じ方法で危害を加えるつもりのようです。

この「ネメシス」の犯行に対して、凶悪犯への温情判決に不満を持つネット民たちを中心に「ネメシス」礼賛の声が大きくなり、警察も検察も犯人の割り出しに焦り始めるのですが、一向に手がかりはつかめません。そんな中、父親が不倫相手を殺害し、同じように渋沢裁判官から減刑されて服役している家族の娘・今岡菜々子から、埼玉県警へ保護の要請がきます。彼女をつきまとう人物がいる、ということで、埼玉県警の渡瀬は、「ネメシス」がこの娘を狙っているのではと推理し、菜々子の同意もあって、彼女を使ったおとり捜査を敢行します。

そして、このおとり捜査で逮捕されたネメネス事件の犯人は、なんと捜査・起訴側にいる人物で・・・、ということで、いままで正義感の強い人間と思っていた人物の「狂信者」的な側面が出現して驚くことになります。
ここまで読んで、ああ、こういう筋立てだったのか、と安心したのも束の間、なんかページがかなり残っているぞ、ということに気づいて読み進むと、このネメシス犯の本当の狙いが明らかになってきて、二重に驚くことになりますね。少しだけネタバレすると、唐突にでてくる、同じような類の凶悪犯で減刑された人物の独白が挿入されたり、刑務心理技官の挿話などがあって、これはなんの前振りかな?、とおもわせるところがあるのですが、ここが「鍵」です。しっかり覚えておきましょう。

レビュアーからひと言

このネメシス事件の起因となる温情判決を下しているため、隠れた死刑廃止論者としての印象づけをされる「渋沢判事」の発言が本巻の中でもあちこちにでてきて、自らの娘と孫娘が犯罪の被害者となっていながら、なんか杓子定規の、理想的な発言ばかりする人物だな、と少々イラッときていたのですが、彼が最後のほうで温情判決を下す本当の動機を岬検事に吐露するシーンが出てきます。裁判官という立場上、私的な復讐はできない人物が「公的な復讐」を仕掛けていたことがわかるところで、これが三番目に驚くシーンではないでしょうか。

ネメシスの使者 (文春文庫)
死刑判決を免れた殺人犯の家族が次々と殺されていく――。 驚愕の結末待ち受ける...

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