廃棄された研究所に潜む薬物兵器を除去せよー中山七里「魔女は甦る」

合成麻薬による事件が2018年頃から注目を集め、新しい犯罪として警察による取り締まりが強化されているのですが、こういった薬剤による人間のコントロールは古くからある話で、コントロールに使う薬剤の開発は、古代から面々とした研究が続いているといっていいでしょう。
そんな合成薬物による恐怖の物語を描いたのが本書『中山七里「魔女は甦る」(幻冬舎文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 魔女の末裔
二 魔女を狩る者
三 魔女の下僕
エピローグ

となっていて、まずは埼玉県所沢市の山中で事件がおきます。山中にある沼地から、人間が血管と肉組織が一部残った骨格の状態にされ、はぎ取られた肉片が細切れにされて周囲に散乱しているという「猟奇」的な状態で発見されます。しかも、被害者は死んでからこの状態にされたのではなく、生きた状態で肉を剥ぎ取られているようなので、ますます陰惨さが増してくる殺人事件です。

この事件の被害者の身元は、スタンバーグというドイツが本社の製薬会社の研究員・桐生隆という男性であることが判明するのですが、勤務していた研究所は二カ月前に急遽閉鎖されていて、すでに廃墟状態となっています。この研究所の現場検証に、本巻の主人公である捲畑刑事が行き、被害者・桐生の恋人と主張する「毬村美里」という女性に出会うところから謎解きが始まります。

一見、外資系の製薬会社の研究員が猟奇殺人に巻き込まれたといった感じなのですが、このスタンバーグ社はもともと もともと第一次大戦の後、当時勢力を伸ばし始めていた「ナチス党」と結びついて社業を拡大し、ナチスの人体実験にも協力していたといういわくつきの企業で、東ドイツ企業の時も、国家権力と結びついて国家ぐるみのドーピングに加担していたという疑惑の会社です。さらに、最近、東京の渋谷で起きた少年による大量殺人事件の原因となった合成麻薬「ヒート」の売人が、このスタンバーグ社の社内で使われる社箋をもっていたという情報もあって、会社ぐるみの合成麻薬の製造研究と、この猟奇殺人が結びついてきます。

さらに、この研究所の周辺では、飼い犬や猫がいなくなるといった噂や、縁側で寝ていた嬰児が、家人が目を離した隙に誘拐されるといった事件も起き、この研究所と何らかの関係があるのでは、という疑念が生まれてきます。これに、殺された桐生が、小学生の頃イジメられていて、その復讐のためにいじめっ子に農薬をもったということも判明し、合成麻薬の「ヒート」の製造と少年たちへの販売に深くかかわっていることが明らかになって、といった筋立てです。

ただ、謎解きと物語のほうは、スタインバーグ社の悪行といったところとはちょっと離れていきます。桐生を襲って殺した「犯人」が、この合成麻薬ヒートに汚染された意外なものであることがわかり、それに対して、桐生の恋人の美里と刑事の捲畑が「復讐戦」を挑んでいくところから、異種格闘技的なアクションドラマになっていくので、ちょっとミステリー的には意外な成り行きですね。まあ、ミステリーファンにとっては少々不満でも、アクションドラマとしては、緊迫感もあるのでよろしいのではないでしょうか。

レビュアーからひと言

ナチス政権下のドイツで、国民や軍隊の戦意高揚や、昼夜敢行で敵陣深く攻めこんでいく「電撃作戦」のために、薬物研究が盛んにされていたのは事実のようで、「ヒトラーとドラッグ」(白水社)にそのあたりが詳しくまとめられています。今巻のような、兵士の士気高揚のために開発した薬物を野生生物に投与して生物兵器として使うアイデアは、あながち幻想ではないのかもしれませんね。

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