職業人生のターニングポイントの設定方法をアスリートに学ぶ ー 為末大・中原淳「仕事人生のリセットボタン ー 転機のレッスン」(ちくま新書)

人生100年時代といわれながら、労働環境、働き方については、「霧の中」の度合いを増しているのが現状であろう。そして、「転職」ということが変わったことではなくなった若い世代よりも、「就社」意識がほとんどであった時代にビジネスマンとなった中高年世代が「霧が深い」というのが実感であろう。

そして、副業解禁、転職解禁とはいいながら、中高年世代が自分のライフサイクルの中で、どこでターニングポイントを迎えたらいいのか、どう気持ちの持ち方を変えたらいいのかについては、個々人が探っていかなければならない課題として残されているのが現状で、どこを見ながら動いたらいいのか、と悩んでいる人も多いと思う。

そんな時、ビジネスマンの先達の発言よりも、人生のかなり若いところで引退や転身を迫られる「アスリート」の発言が「道標」となることが多いのだが、オリンピック・メダリストとなった後、スポーツとは違う分野に転身した「為末大」氏の発言の数々は参考となることが多いのではなかろうか。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 右肩上がりの単線エスカレーター人生はもう終わり
第二章 勝てる傍流か、負ける主流か?
第三章 新たなスタートを切るために
第四章 自分の経験をリフレッシュする

となっていて、基本は、為末大氏と中原淳氏との、人生百年時代の「働き方」「職業スタイル」についての対談集である。

対談集であるので、「論述」としては若干甘くなるのはいたしかたないのだが、その分「肉声」に近いものがててくるもので、

大きなイベントがないと引退や引き際を意識することはなかなか難しいんです。だからオリンピックのタイミングで引退が多くなるんですね。・・・自分では厳しいと気づいているけど、次のオリンピックまで数年ひぱpるとなると、その後の人生を考えると、その分数年はロスになる可能性があります。みんなこの頃になると皮算用をはじめるのです

スポーツ選手が引退する時はいろんなことを聞かれますが、一言で言うと「いかに損切りをするか」なんですね。
いかに自分に「見切り」をつけるのか、と言ってもいい。
今まで自分に投資してきたものを考えて、引退するかどうかを決める。

といったあたりは、引退についてのアスリートとビジネスマンの共通性を見るような気がしますね。ビジネスとスポーツの共通性というのは

日本のスポーツの世界に、象徴的なのですが、トレーニングの成果を、トレーニング中に感じた痛みと費やした時間量ではかる傾向があるんですよ

とか

「リソースの限界を決めないこと」はスポーツ業界でも頻繁に起こっています。これが「努力信仰」と密接に、結びつくんです。
スポーツ界でもだいたい一日にできる量はこれが限界ですと言うときに、「バカヤローっ、ここから先は根性なんだ。おまえは努力してんのか?」と言って限界が変化してしまう。
しかし、限界がないとそもそも戦略なんて立てられない。リソースがこれくらいだとわかれば、それを最適化させるための議論が生まれます。
それなのに、戦略に整合性がなくなったとき、リソースのほうを根性で変化させてしまおうとする

といったところ見ると、スポーツ界の様々な解決手段がビジネスの応用できることも多いのだね、と今更ながらに感じるのである。

で、こうしたスポーツとビジネスとの共通点を理解しながら、「これからの働き方を考えると

為末:山登りの果には、山登りがあるだけだった。つまりね……「現役で居続ける」というのは、ずっと「山登りをすること」なんです。
(略)
それからずいぶん意識が変わりましたね。
山頂に到達するために頑張るという世界から、どうやってこの山登りを続けていくかということに意識がシフトしていきました。

中原:それはまさにこれから長期化する仕事人生をどう乗り切っていくかという話と直結しますね。いま「山登り」という言葉を使われましたが、これは仕事についてもいえると思うのです。
ひとつの仕事をしていてピークを迎えると、山頂につくかもしれません。が、そこで山登りを終えられるわけじゃない。
山頂から先には、また違う山がひかえているだけだからです。
しかも、新たな山はいくつもあります。わたしたちは、このとき、どの山に登るのかを決めなければなりません

とか

中原:新たなことをするときには、「ピボットターン」のイメージでやったほうが成功に近づく。ピボットターンとは、バスケットで出てくる動きですよね。
いったん軸足を決めてストップしたら、もう片方の足で方向を決めて動く、というルールです。軸足になる一点を持ち、次の場所を探す。これがバスケットのルールですが、これは新たなキャリア選択についてもいえるのではないかと思うんですね

といったあたりは、どんどんゴールが先になっているにもかかわらず、そのフィールドが平坦なものから山あり谷あり、どうかすると全く違うエリアにチェンジしてしまうようになった「職業社会」をどう踏査していくいかのヒントになるだろう。

そして

中原:大切なのは「新たな環境への適合性」だと思います。サビカスという研究者は、これからのキャリアを考える際にもっとも重要なのは「キャリアアダプタビリティ」だとしています。
キャリアアダプタビリティとは「新しい環境に適応できる個人の脂質」でしょうね。予測可能で、単線的で、連続的に生まれるような人生の課題に対処するのではなく、これからの社会では、新たな環境や予測できない環境に対応することが求められるのです

といったところには今までにも増して、「職業」の選択、あるいは「働くこと」そのものに対しての「こだわりのなさ」が求められる時代になったのだな、と思う次第なんである。

【レビュアーから一言】

本書の191ページに

リセットボタンは、決して、会社を辞めるとか、転職するとか、そうした壮大なイベントに付随するものではありません。
むしろ、これまで慣れ親しんだ考え方や感じ方をほんの少しでいいから「変えていくこと」です。

といったところがあるのだが、霧の中を手探りして歩くようで、長くなる一方の「職業生活」を機嫌よくおくっていくには、大上段に振りかぶっていくよりも、小刻みな歩みをしていくこと。そして、変換、転換といったことに怯えずに「ちょっと変えていく」。そういうことが大事なのでは、と感じた次第でありました。

役職定年や子会社出向、定年退職など、物理的な転機の時が近くにやってきてはいるのだが、何も準備していないよ、という方におすすめの一冊ですね。

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