徳川の埋蔵金をめぐる列車妨害事件の謎を解け ー 開化鐵道探偵ー第一〇二号列車の謎

山本巧次

優秀な頭脳と鋭い推理力の持ち主ながら、宮仕えを嫌って長屋ぐらしを続けている元北町奉行所の定廻り同心「草壁賢吾」と、父親が徳川の御家人で、工部省鉄道局の技手をしている「小野寺乙松」が、日本の鉄道草創期に起きる鉄道絡みの事件を解決していく「開化鐵道探偵」シリーズの第2弾。

第1弾では、神戸から京都まで敷いた鉄道を大津まで伸ばすために必須となる「逢坂山トンネル」の工事へ仕掛けられた妨害行為の真相を明らかにして、関西地域の鉄道敷設の大きく貢献した二人なのだが、今回は明治18年の新設から間もない「大宮駅」の近くで起きた脱線事故に端を発する、徳川埋蔵金騒動にまきこまれることになります。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 貨物第一〇二列車に何が起きた
第二章 生糸の街
第三章 優雅なる助っ人
第四章 警察と自由党と御家人
第五章 不定期貨物列車
第六章 夜更けの襲撃
第七章 高崎駅の殺人
第八章 烏川鉄橋の攻防
第九章 井上局長来たる
第十章 信濃路遥かなり
あとがき

となっていて、まずは、大宮駅近くを走行していた第102号列車がホーム近くの分岐器が切り替わって脱線する事故からスタート、その事故の原因が、列車が分岐器を通過中に切り替わって、前の台車が本線へ向かい、後ろの台車が側線を進んで脱線してしまったものなのだが、普通、分岐器は自動で切り替わることはないので、誰かが故意に切り替えたものに違いない。しかも、転覆した貨車の中には、積まれていた生糸のほかに、小判の入った「千両箱」が発見される、という滑り出しです。

今回の話の舞台となるあたりは、養蚕農家が多くて生糸の価格の上がり下がりに苦労しているのですが、そこに自由民権運動の思想家が入ってきて「秩父騒動」も起きた、新政府にとっては「難治の地」です。おまけに、明治10年に鹿児島で起きた「西南戦争」は鎮圧されてものの不平士族たちが収まったとはいえない情勢。ここに、この千両箱に入っていた小判が万延小判であったことから、幕末に勘定奉行をしていた小栗上野介が江戸城落城の際に城から持ち出した「徳川埋蔵金」の一部ではないか、という噂が流れ、地元の人間を含めて、欲にかられた者たちが暗躍を始める、といった筋立てです。

もちろん、警察もこの事件の捜査に入ってはいるのですが、どうやら、事件の犯人よりも埋蔵金探しを優先するよう、警察のお偉方のほうから内密の司令が入っているらしく、この鉄道妨害事件の調査に入った「草壁」たちが全幅の信頼を寄せるには危なっかしい状態。そして、この地域の有力者である庄屋や製紙工場の経営者たちは、新政府が隠棲していた小栗上野介を無実の罪で捕らえて処刑したことに不満をいだいているらしく、鉄道を様々な妨害から守ろうとする草壁や小野寺たちによっては周囲が敵だらけといった状況で、調査は難航していきます。

ここで、彼らの援軍として現れたのが、小野寺の新妻の「綾子」。彼女は、この地域で製糸工場を手広く経営している旧家の縁戚にあたるのだが、女学校出の才媛で、少々生真面目がすぎる夫の小野寺を「助ける」と言いながら、大活躍を始めて・・・、という展開ですね。不平士族たちに取り囲まれてその頭目の「久我」と斬り合いになりそうになる後半のところで、

「刀を捨てなさい」
綾子の凛とした声が響き渡り、小野寺は弾かれたように声のした方向を見た。そして、腰を抜かしそうになった。小野寺の後ろで、綾子が両足を踏ん張って真っ直ぐに立ち、両手で構えたピストルを久我に向けていた。
仰天したのは草壁も久我も同様だった。二人が刀を構えたまま、ぽかんとして綾子の方を見ていた。
「久我さん、刀を捨てなさい!さもないと、お体に風穴が開きますわよ」

といった勇姿もあるので、最後までお見逃しなく。
さらに、事件の犯人と犯行動機のほうは、「小栗上野介」の隠し金をまぐっての意外なところにありますので、最後のほうで驚かせられことになりますね。

【レビュアーから一言】

この巻の展開の重要なキーとなる「小栗上野介」は幕末に勘定奉行や外国奉行を務めた人ですが、直心影流の免許皆伝のほか、砲術。柔術にもすぐれた文武両道の人で、幕府の遣米使節の目付としてアメリカ渡航もしたり、横須賀製鉄所の建設や幕府陸軍の装備の近代化や国産化もすすめるなど、かなりの遣り手ですね。徳川家一途でありすぎたといった批判もあるのですが、新政府の軍事を仕切っていた大村益次郎に言わせると「幕府でもし小栗豊後守の献策を用いて、実地にやったならば、我々はほとんど生命がなかったであろう」といったことらしいので、群馬へ隠棲後も新政府にとっては脅威であったのでしょう。本書の最後にあるような「秘密の徳川資金」もひょっとしたら彼のプランが根底にあるのかもしれませんね。

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