山本巧次「入舟長屋のおみわ」=長屋の大家の美人娘、店子のトラブルを万事解決します

江戸は深川、北森下町にある少々古めの長屋の大家の娘・お美羽は、なかなかの美人でしっかり者なのだが、しつこく言い寄ってきた男を大川に投げ込んだり、店賃を溜めている店子に催促に行って、つべこべ理屈をこねる店子に腹を建てて障子を蹴とばして真っ二つにしたり、といった噂が先行して、21歳になるのにまだ嫁のもらい手がありません。

しかし、長屋の住人に難儀がふりかかると他人事と放っておけなくて、とことん面倒をみる性格の彼女が、店子がまきこまれる事件に首をつっこみ謎解きに取り組むのが「江戸美人捕物帳 入舟長屋のおみわ」シリーズです。

あらすじと注目ポイント

物語は、入舟長屋で細工物の職人をしている「栄吉」が、今月分の店賃をまってもらえないか、と長屋の大家の欽兵衛とその娘・お美羽のところへやってくるところから始まります。

彼はきちんとした職人で、今まで店賃のほうも遅れることはなかったのですが、今月は注文を受けて納めた品に難癖をつけられて、注文主とケンカ別れしたため、手間賃が入らなくなったということです。腕はいいとはいえ、日頃の蓄えなどほとんどない江戸っ子の職人の暮らしなので、こうなると手間賃に回す金が、生活費にまわってしまうということで、見かねた大家の欽兵衛は難癖をつけられた根付を店賃がわりに引き取ることとします。

ちなみに、この当時の長屋の家賃は500文〜1000文程度、今のお金で7500円〜1万5千円ぐらいだったそうですが、一般の職人の平均収入が10万円ぐらいで、仕事にかかる経費が2万5千円ぐらい、食費・薪代・風呂代などで5万円ぐらいかかったようなので、一家4人で暮らしていると蓄えにまわすような余裕はほとんどなかったと言えますね。おまけに「宵越しの銭はもたねぇ」が信条の江戸っ子のことゆえ、残りが出ればパーッと散財したに違いありません。

人のいい父親の、困っている店子の家賃をほとんど棒引きにしてやったことに文句はつけないのですが、お美羽は、店子の仕事に難癖をつけてきた注文主の松葉哉屋になにか落ち度があったら文句をつけてやろうと、店を探りにいきます。そこで、その店の主人が一癖も二癖もありそうなことと、その妻が、死んだ亭主の借金のかたに後妻に入った儚げな、相当の美人であることを知ります。

そして、その死んだ亭主が幼なじみの人気役者にプレゼントした趣向をこらした煙管が大当たりをとったのですが、過労で若死にしていることもわかってきます。

この後、その人気役者は奢侈禁止令に違反した贅沢品を多数所蔵し、芝居でも使っていたという嫌疑で江戸払いとなってしまうのですが、それを密告したのは、役者と妻が付議密通しているのではと疑った松葉屋の主人らしく・・といった筋立てです。

そして、この松葉屋の主人と番頭が何者かに殺されてしまい、その犯人の疑いが、注文された根付に難癖をつけられてトラブルとなっていた入舟長屋の店子である「栄吉」にかかったことから、お美羽が、店子にふりかかった難儀を晴らすため、事件の探索に勝手に乗り出していき・・という展開です。

事件捜査には全くの素人の町娘・お美羽が、店子の浪人者・山際やぐうたらな遊び人の店子・菊蔵とともに、持ち前のおせっかいと向こう意気の強さを武器にした謎解きをお楽しみください。

少しネタバレしておくと、松葉屋が殺された背景には、大奥御用達をエサにした詐偽が絡んでいるんですが、儚げな様子の人が虫も殺さないという先入観をもってはいけない、ということころが謎解きの鍵でしょうか。

Bitly

レビュアーの一言

現代のOLが江戸時代にタイプスリップしたり、江戸町奉行所の同心が戦国時代にタイムリップしたり、とこの筆者の時代ものにはSFネタがからむことが多いのですが、本シリーズはひさびさに、そういう仕掛けのない「捕物帳」となっています。

その分、色物的な味つけが好みでない、正統な時代劇ファンにもとっつきやすい時代ものに仕上がっていますね。

本シリーズは、2022.02.23現在で「江戸美人捕物帳 入舟長屋のおみわ 夢の花」、「江戸美人捕物帳 入舟長屋のおみわ 春の炎」の第3弾まで出版されています。

Bitly
江戸美人捕物帳 入舟長屋のおみわ 春の炎 (幻冬舎時代小説文庫)
北森下町にある長屋を仕切るお美羽は器量はいいが、言い寄る男を川に放り込み、店賃の払いが悪い家の障子を叩き割るほど気が強い。そのせいか二十一歳で独り身だ。ある春、火事が続き、長屋や呉服屋でもボヤが出た。呉服屋の若旦那は、役者にしたいほど整った...

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