百物語の聞き手・おちかが「黒白の間」を離れる時 ー 宮部みゆき「三島屋変調百物語 五之続 あやかし草紙」(角川書店)

江戸神田、筋違御門先の袋物問屋・三島屋の主人の姪・おちかが、店の「黒白の間」で、訪問客の経験した「怪しい」物語を聞く風変わりな「百物語」の第五作が本書『宮部みゆき「三島屋変調百物語 五之続 あやかし草紙」(角川書店)』。

【収録】

収録は
第一話 開けずの間
第二話 だんまり姫
第三話 面の家
第四話 あやかし草紙
第五話 金目の猫
の五話。
今回は、黒白の間で聞いた話の厄払いというか、話を聞き捨てにするための工夫が、三島屋の次男坊・富次郎によって生み出されるほか、話の聞き手が変わるという、このシリーズの大きな節目となる巻。

【あらすじ】

それぞれの話を簡単にレビューすると

◯第一話 開けずの間

第一話は、吾妻橋の近くで「どんぶり屋」という飯屋の亭主「平吉」の子供の頃の話。
彼は、もともと三好屋という金物屋の大店の息子だったのだが、一番目の姉が引き込んだ「行き遭い神」に一家が侵食されていく話。
この「神様」、願い事を叶えてくれるのだが、その身代わりに「供物」、人の命とか体の一部を求める「神様」で、その誘いにうかうかと乗ってしまう、平吉の家族の心の隙間は、誰にでもあるよな、と薄ら寒くなる。
ーどんな願いか、言ってごらん
うふふ。行き違い神は笑う。平吉は、その笑みが身体を這い上がってくるように感じた
といったところに、背筋が「すーっ」としてきますね。

◯第二話 だんまり姫

第二話の始まりは「恵比寿講」という神無月の十月二十日
に、親戚や得意客、職人衆がそろって大宴会をするしきたりらしいのだが、三島屋のその席に訪れていた紙問屋美濃屋の主人の実の母親・おせいが語り手。
母親といっても、美濃屋の主人は入婿なので、その母は遠州の人で、そこのお城での話。
この女性、声がしゃがれた奇声で、故郷では、化け物に呼びかける「もんも声」として忌まれているのだが、彼女がその声を使わないために生み出した「指文字」(手話のようなものっぽい)を見込まれて、お城の「口をきかない」お姫様の下働きに雇われる。
彼女は、城中で「もんも声」を出してしまい、「あやかし」を呼び出してしまうが、その「あやかし」は、当代の義理の兄で、幼くて死んでしまった若様・一国様の霊だった。どうやら、姫様が口をきかないのも、この一国様の霊が城中に留まっているせいならしいのだが・・・、というところで、仲良くなった「おせい」と「一国様」の奇妙な交流が味わい深いですね。
一国様が若くして死んだ理由は、お見込みのとおり、跡目を巡るお家騒動なのだが、普通の跡目争いとは様相が違う「悲しい」経緯があって、このあたりは、原書で確認してくださいな。
この話で、黒白の間の「百物語」を聴き捨てにするために、富次郎が墨絵で、聞いた話を一枚の絵にするという工夫を始まる。

◯第三話 面の家

この黒白の間には、様々な客が訪れるのだが、第三話の語りては、今までの話の中でも、もっとも、この間に似つかわしくない小娘のお種。彼女が、奉公先の家で出会った怪異で、その家では多くの「面」を所蔵している。その「面」が逃げ出すと、世の中に災厄をもたらすらしく、奉公先の家人は「面」たちを見張っているのだが・・・、という筋。
語り手の「お種」が、「黒白の間」に似つかわしくないのは、その薄汚い身なりというよりは、手癖の悪い性悪娘なところなのだが、「面」の声を聞くことができるのは、そういう「性悪娘」でないといけない、というのだから面倒くさい。「あやかし」は「暗闇」と親和性が高い、ということか。
「面の家」のように、町の中に人知れずそういう怪異が隠れている、っていうのは、深山幽谷で怪異に出会うより稀かもしれないが、普段の暮らしの中で、ちょいとゾクっとくるところがありますね。

◯第四話 あやかし草紙

第四話は、三島屋に出入りの貸本屋・瓢箪古堂がまだ若い子供の頃の話で、語り手は瓢箪古堂の若主人。
貸本屋というのは、本がないと始まらないところがあるので、本の写本づくりを、多くの人に頼んでいるのだが、今回の「怪異」はそのうちの栫井十兵衛という浪人ものに起きた話。
この十兵衛が、井泉堂という貸本と版元を兼業する大手の「本屋」から、その家に伝わる冊子の写しを依頼される。その値が、なんと百両という破格なものなのだが、その冊子を写す際、
写本を作るためには文字を追わねばなりませんが、文章までは読み取らぬよう、固くご自分を律していただきたいのでございます。
という妙な条件付きの依頼であった。さて、その冊子とはいかなるもので・・・、という展開。
怪異の肝は、この冊子に何が書かれているのか、ということなのだが、そこのところと、読んでしまった者の運命は、原書で。
瓢箪古堂の若主人と「おちか」にまで、話の余波が及んでしまうのはちょっと驚き。さすが手練れの筆者でありますな。
この話で、富次郎の描く絵の呼び名が「あやかし草紙」と決められる。「あやかし」を描いたものを残しておくというのは、あんまり縁起が良くない気がするのだが、「名前」をつけられることによって、魔が晴れるのかもしれませんね。

◯第五話 金目の猫

今回、話の聞き役が三島屋の次男坊・「富次郎」に交代する。というのも、「おちか」がお嫁にいってしまうからなのだが、そのお相手とか経緯はレビューを控えておこう。
第四話の語り手は、富次郎の兄で、三島屋の長男・伊一郎。彼が、子供の頃に出会った、枝に引っかかっていた白いほわほわと、そのほわほわが化身したのか、三島屋に迷い込んできた金目の白猫・まゆの話。
この話は「怪異」ではなく、二人の兄弟のことを心配する三島屋の元縫い子の「おきん」の愛情が、ほんわりさせる話で、「おちか」の嫁入りへの手土産話といった性格であるかも。

【まとめ】

三年の間、「黒白の間」を舞台にして続けられてきた、「変調百物語」であるが、この巻に至って、その聞き役を交代する時を迎えた。故郷で、許嫁を巻き込む悲惨な事件を経験した「おちか」ちゃんのめでたい門出をお祝いしたいのだが、なんとなく、これからも「黒白の間」との関わりは切れない気がするのだが、果たしてどうだろうか。
願わくば、この「三島屋変調百物語」は、以前「波瑠」さん主演でテレビドラマがつくられていて、彼女の出世作っぽい感じがしているのだが、その続編が、この「聞き役交代」をきっかけにできるといいですね。

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