北一は、宝船の弁天様消失と親子毒殺事件の謎にせまる=宮部みゆき「きたきた捕物帖二 子宝船」

深川元町を縄張りとしていた岡っ引き・文庫屋の千吉親分の一番の末端の下っ引き見習いだった少年「北一」が、親分が自分で調理したふぐに当たって死んだ後、親分が副業にしていた「文庫」の販売業の一部を引き継ぎながら、岡っ引き修行をしていく「きたきた捕物帳」シリーズの第2弾が本書『宮部みゆき「きたきた捕物帖二 子宝船」(PHP研究所)』です。

前巻では、双六遊びで「えんまのちょう」に止まった子供が神隠しにあう事件や、二十年前に死に別れた女房の生まれかわりと主張する娘が結婚を迫ってくる事件といった市井でおきる事件の謎解きに、文庫売りをしながら関わっているうちに、忍の一族上がりの長命湯の釜焚き・喜多次や赤坂の御大身の旗本・椿山家の若様などと知り合いになったのですが、今巻ではさらに、「岡っ引き」見習いとしての修行にはずみがつくことになります。

あらすじと注目ポイント

収録は

第一話 子宝船
第二話 おでこの中身
第三話 人魚の毒

となっているのですが、第二話と第三話は続きものと考えておいてくださいね。

第一話の「子宝船」では、北一の生業である「文庫売り」の引き札(PRチラシ)のデザインのアイデアを拾うため、前巻で知り合いになった長命湯の釜焚き・喜平次が銭湯の焚きつけにする紙屑の中から引き札の類を拾いだしているうちに、大量の「弁天様」が描かれた宝船の絵を見つけ出します。しかし、その宝船の絵が、弁財天が背を向けているという普通のものとは変わった、あまりありがたくなさそうなものばかりで・・という滑り出しです。

実は、北一が商売で取引を始めている佐賀町の貸本屋・村田屋の得意先の煙草商・多香屋で、御年賀に出入りの酒屋・伊勢屋の主人が素人絵で描いた、子宝に恵まれるという「宝船」の絵のせいで、生まれたばっかりの赤ん坊が死んでしまったという諍いがおきています。

なんでも、その多香屋の若夫婦はもともと幼馴染が夫婦となったもので、仲は良かったのですが、何年も子供ができず、それが原因で夫婦仲に暗雲がさしかかったたのですが、伊勢屋が「子授け」の霊験あらたかと評判の自作の絵をプレゼントしたところ、赤子ができ、夫婦仲も元通りとなります。しかし、生まれて六月後ほどたったころ、妻のお世津が目を離したすきに冷たくなっていた。という不幸に見舞われます。泣きの涙で弔いをすませ、夫婦とも意気消沈して暮らしていたのですが、ある日、伊勢屋からもらった「宝船」の絵を出してみると、真ん中に描かれていたはずの、赤ん坊を抱いた弁財天が消えていた、という顛末です。

さては、赤ん坊が死んだのには、この絵が悪さをしたに違いないと、伊勢屋へねじ込むと、三年前に孫を亡くした笹子屋も、孫を授かるために伊勢屋からもらった宝船の絵がおかしくなっていた、と言い始めます。

伊勢屋は今まで、求めに応じてたくさんの「宝船」の絵を配っていたため、それをもらってから子供ができた商家の者たちが怯えて伊勢屋におしかけ大騒動になっていくのですが・・という展開です。

宝船の弁財天の「呪い」なんてのは本当にあるのか、文庫売りの「北一」が、亡くなった「千吉親分」の師匠格である、本所を縄張りとする「回向院裏」の政吉親分のススメに従って事件の謎をたぐっていきます。

第二話の「おでこの中身」と第三話「人魚の毒」では、まず、深川に新しくできた、安価で美味いと評判の弁当屋「桃井」の亭主・角一と女房のおつね、そしてまだよちよち歩きの女の子・お花が、トリカブトの毒・附子で毒殺される事件がおきます。この夫婦は四ツ谷で小さな飯屋をやっていたのですが、そこで筋のよくない客がついたのを嫌がり、深川へ移ってきて、北一も自分にご褒美をあげるときは、ここの「おにぎり」を昼餉にとるのを唯一の楽しみとしていた「良店」です。

この夫婦が殺されているのが見つかった朝、現場にかけつけた北一は、夫婦の住んでいた店舗兼住居の近くにある銀杏の大木の陰にかくれて、店をほうをじっと見ている、ここらではみかけない、首の後ろのところに銀杏の彫り物をした、出っ張り気味の目玉の女と目が合うのですが・・という筋立てです。

事件のほうは、夫婦が四ツ谷で飯屋をやっていたときに押しかけていた筋悪の客が見つかり、それが犯人だとされて牢内で責め殺されてしまうのですが、どうにもそれが納得できない北一は、奉行所の検視の与力・栗山周五郎に「小者」にとりたててもらい、捜査を酢漬けるのですが、それが千吉親分を使っていた同心・沢井簾太郎と対立する原因ともなって・・というおまけがついてきます。

このまま北一が調べを続ければ、岡っ引き修行自体も危うくなるかも、というところで、木更津で問屋場の組頭をしながら岡っ引きをしている「半次郎」という男が、北一があちこちに撒いた女の人相書をもってやってきたところから、事件の真相へ向かって事態が動いていくのですが、詳細は原書のほうでどうぞ。

レビュアーの一言

今巻では、回向院の茂七親分の衣鉢を継いだ「回向院裏の政五郎親分」とか、奉行所の文書係の同心・三輪田の助手として、江戸市中におきた事件の全てを記憶するとともに、記録に遺そうとしている「おでこ」こと三五郎が登場してきます。筆者の過去の「捕物帳」で登場したなつかしい人物名に「あぁ」と頷かれる読者も多いのではないでしょうか。

さらにネタバレになるのですが、椿山家の若様・栄花は

色白の瓜実顔だ。ぱっと見ると若衆髷のようだが、前髪立ちなだけで月代は剃っていない。長い髪を後頭部で一つに束ねて、馬の尾のように垂らしている。なんてつやつやと美しい黒髪だろう。

(中略)

朝露のような瞳の輝き。まっすぐな鼻筋。頬骨の上がほんのりと鴇色に染まっている。

といった風貌で、どうみても美少女然としています。しかし、仕える靑海新兵衛も栄花本人も

「北一、わたしは女ではない」
「わたしは男だ。そうでなければ、少々軽率だが忠義な利け者のこの靑海新兵衛の首が堂から離れてしまう。」

と頑固に主張するあたりには、何か「お家の事情」が隠れているようですが、本巻ではまだはっきりしませんね。

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