将軍位を巡る吉保と吉宗の暗躍が開始。聡四郎の次の敵は「忍」 ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 6 暁光の断」(光文社文庫)

嫌味なジコチューの新井白石、お金があるのでなんでもやってしまおうという紀伊国屋文左衛門、先代の時の栄誉再びを夢見る柳沢吉保、第二の「柳沢」を夢見る売れっ子ホスト的側用人・間部詮房と、当時の権力者が揃い踏みして権力争いを繰り広げるところに、初心者マークの勘定吟味役・水城聡四郎はビギナーズラック的に大活躍という、上田ワールド全開の時代小説「勘定吟味役異聞」シリーズの第6弾。

将軍・家継の代となったが、彼はまだ幼少の上に、体が弱い。そして、家継が早逝した場合の、八代将軍に最有力であった尾張藩主・徳川吉通は家臣によって毒殺、と6代将軍の死去後、将軍家の後釜争いがにわかに動き始めたあたりを描くのが今巻。

中心となるのは、この時代に大奥を巻き込んだ一大スキャンダルの「江島・生島事件」で大奥の年寄・江島と人気役者・生島新五郎の不義密通事件は、その裏には、大奥の天英院と月光院の権力争いがあった、というのはよくある話なのだが、その裏にまだ裏の話があった、というのが筋立て。

 

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 初春鳴動
第二章 幕の裏側
第三章 失地渇望
第四章 野望交錯
第五章 崩壊の兆し

となっていて、今巻でも「面倒くさいジジイだな」と思わせるのが、新井白石で、聡四郎が、自分に逆らいだしたのは紀州藩主・徳川吉宗の後ろ盾を得たからだ、と邪推して嫉妬したり、政権への復帰意欲が強すぎて、間部詮房に「江島生島事件」の裏には「黒鍬者」がいる、とサジェッションされて、あわてて聡四郎を捜査にいかせたり、と右往左往させられる聡四郎もたまったものではない。ただ。白石によってあちこちに首をつっこまさせられるので、探られてはまずいところから刺客を派遣される、という段取りになるのであるから、物語を進めているのは「白石のおかげ」と言えなくもない。

で、今回の表のメインの事件となる「江島生島事件」なのだが、本書では、天英院の意向もあるのだが、「江島」は世間知らずなところを、紀伊国屋に目をつけられて嵌められた設定になっているので、二人が実は幼馴染だったとか、江島と生島が許されない恋におちていたってな与太話や濡れ場があるわけではなく、大人気の生島新五郎とお話できてお酒が飲める席で、舞い上がった「江島」が紀伊国屋の策略で「門限に遅刻」させられたという、まあいいところのお嬢様がやりがちなことが真相となっている。ただ、これが原因で間部と月光院との仲が外部に知られることになるし、江島の生命を助けるために間部が力と金を使ったことが後々の彼の失脚につながるのだから、お嬢様の火遊びも、燃え方によってはとても危ないものだと改めて教えてくれる。

さらには、間部詮房と月光院、そして新井白石の権力の衰えを見て、柳沢吉保がその本当の野望をかなえるべく本格的に動き始める。もっとも、吉保は家宣・家継は徳川家を傍流から簒奪したけしからんやつと思っていて、綱吉の血を引く、自分の息子となっている「柳沢吉里」が本来将軍家を継ぐものと信じ込んでいるので「野望」ではなく「聖戦」ぐらいの気持ちでしょうね。

そして将軍位を狙っているのは、吉保だけでなく、徳川吉宗もその一人で、彼は彼で

「今の老中若年寄の多くは、己の地位を守ることに汲々とするだけの小者ばかりではないか。将軍野補佐をすべき者がこのようなればこそ、幕政は滞るのだ。」
「勘定にいてもいそうよ。金は勝手に増えてはくれぬ。努力して増やすのだ。入るをはかるもたいせつだが、まず御上がせねばならぬのは無駄な費えをなくすことだ。出ていくものを減らさぬ限り、幕府の蔵に金は残らぬ」
「新しいいものは人を狂わせる。余は国をもっときびしく閉じるべきあと考えておる。・・・いやそれだけではない。毎日の生活も締めねばならぬ。奢侈に流れるゆえ、金が多く必要となる。金さえあればなんでもできると思わせてはいかぬ。それは人の心をゆがませ、天下を危うくする」

としていて、それぞれに権力を目指す理由はあるもんですね。

そんな権力争いのとばっちりを食うのは、やはり聡四郎しかいなくて、今巻では、間部詮房と月光院の配下の伊賀者、柳沢吉保配下の黒鍬者、そして、どういうわけか徳川吉宗配下の玉込め役(吉宗が将軍になった後、「お庭番」になる一派ですね)といった「忍」の連中を敵に回すことになる。伊賀者は、はずみで仲間を殺しているから敵となるのもやむを得ないとしても、黒鍬者や、玉込め役は近くにいるのが目障りだから位の理由で生命を狙われることになるのだから。この聡四郎という男はよっぽ刺客に好かれる性質であるらしい。

物語の最後の方で、柳沢吉保の命をうけた紀伊国屋文左衛門が派遣する鉄砲うちの襲撃からから徳川吉宗を救ったお礼に、聡四郎は「紅」を嫁さんにもらうための大変な助力を、吉宗からもらうことになる。これはSeason2でも大きな力を持つアイテムなのだが、当面は、「紅」と結婚することに猛反対している聡四郎の親父を黙らせる最強の武器になりますね。

【レビュアーから一言】

物語の展開とあわせて楽しみたいのは、筆者の語る「歴史の裏話」的なところで、今回「ほぉ」とうならせるのは、五代将軍・綱吉の時代にお気に入りだった堀田大老が若年寄稲葉美濃守に刺殺された事件の真相で、柳沢吉里の口から、それは綱吉が「幼き家綱公を傀儡とした老中競技による政を将軍の手に取り返そうとした」策で

「真父さまはまず堀田筑前守正俊を大老として権力をそこに集中させられた」
堀田筑前守は、家継の死後朝廷から宮家を将軍として迎え、従来どおり老中による幕政を行なおうとした酒井雅楽頭忠清を制して、綱吉を世に出した人物であった。
その功績によって堀田筑前守は老中から大老へと引きあげられ、綱吉が将軍となったばかりのころ、絶大な権力を誇った。
「堀田筑前守に権力が集まり、一人によって集団が動かされる状況ができあがったのを見て、真父さまは、堀田筑前守を排除なされた」
「若年寄稲葉美濃守を刺客としてお遣いなられた。春日局の養子でしかない堀田筑前守が重用され、実子である己が冷遇されていると思いこんでいた稲葉美濃守の妬心を利用された」

と語らせている。真相かどうかは別として、犬公方として評判の悪い「綱吉」の全く異なる一面でありますね。そういえば、綱吉も、治世の前半は名君と言われていたので、案外に真実をついているかもしれないですね。

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