江戸を舞台に、凄腕剣士の経理マンの活躍が始まります ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 1 破斬」(光文社文庫)

先祖代々、勘定方のお役目についていたいわゆる「文方」の生まれであるにもかかわらず、四男坊であったがために、ソロバンの腕前よりも、戦国以来の豪剣である「一放流」の遣い手である、水城聡四郎がメインキャストを務める、江戸時代中期の六代将軍・家宣、七代・家継から八代将軍・吉宗の時代を舞台にした「大活劇」の1st Seasonが、この「勘定吟味役異聞」シリーズである。

ざっくりいうと、嫌味なジコチューの新井白石、お金があるのでなんでもやってしまおうという紀伊国屋文左衛門、先代の時の栄誉再びを夢見る柳沢吉保、第二の「柳沢」を夢見る売れっ子ホスト的側用人・間部詮房と、当時の権力者が揃い踏みして権力争いを繰り広げるところに、初心者マークの勘定吟味役・水城聡四郎はビギナーズラック的に大活躍というストーリーである。

この頃の幕府は、五代将軍・綱吉の死後、跡目を継いだ綱吉の弟・家宣は、綱吉の治世の混乱を収めようとしたが、わずか3年で死去。その家宣の死期が迫る頃から息子の家継の時代が今回のシリーズの主要な舞台で、権力を握っているのは、儒学者の新井白石、側用人の間部詮房なのだが、綱吉時代を彩った紀伊国屋文左衛門、柳沢吉保はまだ隠然とした力を残している混戦模様。そして大奥は家宣の正妻・天英院から将軍実母・月光院で権力が移ったばかり、という時代で、まあ、なにかおこらないのが不思議な時代背景である。

 

破斬―勘定吟味役異聞 (光文社時代小説文庫)

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【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 負の遺産
第二章 幕政の闇
第三章 黄白の戦い
第四章 閨の鎖
第五章 命の軽重

となっているのだが、シリーズ最初の巻ということで、まずは、新井白石によって「勘定吟味役」に聡四郎が任命されるところからスタート。勘定役の家を継げるとは思っていなかった聡四郎なので、その手のことは苦手で知り合いもいない。このことと剣の腕で、白石の手足となって探索をしろ、という目的である。

当然、どこを調べていいかわからない聡四郎が、昔の勘定書(まあ、経理簿・予算書だね)を調べているうちに、幕府の建築工事に関わる材木調達の「からくり」に気づき、その裏に豪商・紀伊国屋文左衛門にいきあたる。
そして、その先には、「元禄小判改鋳」にからむ、綱吉時代から今に至るまで権勢をふるっている勘定奉行・荻原重秀と金座支配の後藤庄三郎、そして紀伊国屋文左衛門の行った大汚職事件までがずるずると出てきて・・、といった展開で、隠された「秘史」を探っていくところは、歴史探訪もののTVを見ているようですね。

そして、聡四郎に秘密を暴かれて困るのが、勘定奉行や豪商といった大物ばかりで、当然素直に調べさせるわけもなく、さらには優しく牽制するわけもなく、市中のゴロツキや浪人、配下の侍たちに、聡四郎たちの命を狙わせることになる。さて、聡四郎の剣のワザの冴えはどうだ、というのが、このシリーズのもう一つの魅力でありますね。

【レビュアーから一言】

シリーズ最初の巻であるので、でてくる黒幕も、黒幕がけしかける刺客たちもまだまだ小者が多い。とはいっても、紀伊国屋文左衛門だけは、この「勘定吟味役」シリーズを通じて、主要な悪役として出続けるので、しっかりチェックしておこう。

さらに、水城の奥さんとなる「紅(あかね)」が早くも登場。実家の相模屋の商売敵に誘拐されるところも二度までも聡四郎に助けられることによって、彼に一途の惚れてしまうのだが、生意気なところは変わらない。紅が聡四郎にかける「あんた、馬鹿?」といった不器用なやりとりが、心をなごませてくれます。

【関連記事】

今度は「御免状」を巡って吉原が相手。生命を捨てた敵に、聡四郎苦戦ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 2 熾火」(光文社文庫)

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事態は動くのだが、新井白石の怒りをかって聡四郎干され気味 ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 4 相克の渦」(光文社文庫)

八代将軍の対抗馬・尾張吉通死す。犯人を探して聡四郎は京都へ ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 5 地の業火」(光文社文庫)

将軍位を巡る吉保と吉宗の暗躍が開始。聡四郎の次の敵は「忍」 ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 6 暁光の断」(光文社文庫)

巨星・柳沢吉保堕つ。将軍位をめぐる政争はますます激化 ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 7 遺恨の譜」(光文社文庫)

吉宗と紅、そして家継暗殺の陰謀が動く。聡四郎の活躍は? ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 8 流転の果て」(光文社文庫)

【上田秀人のそのほかのシリーズ】

外様大名家という一風変わった所を舞台にした時代小説シリーズのはじまり、はじまり — 上田秀人「百万石の留守居役 1 波乱」(講談社文庫)

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