六代将軍没す。政権は安泰にみえても不穏な気配が忍び込む ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 3 秋霜の撃」(光文社文庫)

嫌味なジコチューの新井白石、お金があるのでなんでもやってしまおうという紀伊国屋文左衛門、先代の時の栄誉再びを夢見る柳沢吉保、第二の「柳沢」を夢見る売れっ子ホスト的側用人・間部詮房と、当時の権力者が揃い踏みして権力争いを繰り広げるところに、初心者マークの勘定吟味役・水城聡四郎はビギナーズラック的に大活躍という、上田ワールド全開の時代小説「勘定吟味役異聞」シリーズの第3弾。

今巻では、新井白石、間部詮房の後ろ盾であった、徳川家宣がとうとう逝去する。将軍・家宣が亡くなっても、幼いながら息子がいるので家綱や綱吉が亡くなったときのように、跡目をどうするか、といった騒ぎは少ないのだが、それは将軍位だけの話。まだ幼い将軍・家継のもとで誰が政権の中心となるか、あるいは家宣の時の権勢がそのまま維持できるか、といったことが争いの種になっていく。

聡四郎にとってちょっと面倒くさいのが、まずは、新井白石が、その狷介さが災いして権勢の座から滑り落ちつつあること。おとなしく隠居でもしてくれれば、聡四郎も「お役御免」となるのだが、この儒者先生は、権力に未練たらたらなので、聡四郎の「争いと闘いの日々は続く」といったところである。

 

秋霜の撃  勘定吟味役異聞(三) (光文社文庫)

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【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 江戸の沈鬱
第二章 戦陣再来
第三章 遺臣たちの功罪
第四章 幕政の冬
第五章 継承の裏

となっていて、まずは人間違いで、加賀百万石の前田家の上屋敷の近くで、4~5人の侍たちに襲われる。まあ、聡四郎の腕であれば難なく撃退するのだが、浪人、忘八、町のごろつき、と今まで出てきた刺客の中で、こういう「お武家様」が一番弱っちいのが、徳川幕府成立後100年を経過した「平和な世の中」のせいなんであろう。

さて、権力の座から滑り落ちそうな白石先生が目をつめたのは、今回の家宣の菩提寺がなぜ、増上寺になったのか、というところ。葬儀とその後の供養で多額の葬儀費用と寺領が約束されるので、寛永寺と増上寺の「菩提寺争い」は昔から熾烈なのだが、目をつけた理由が「墓地が決まるのが早すぎる」というとのだから、白石先生のケチの付け方も手練の技ですな。まあ、この疑いがきっかけで、当世の権力者No1の間部詮房の弱みを握ることができるので、流石、疑り深さNo1と褒めておきましょう。この一連の捜査では、増上寺の武装した坊主たちと聡四郎・玄馬との闘い。錫杖を使った攻撃は「刀」とは勝手が違って少々苦戦したように見えました。

人間違いで聡四郎を襲撃したのは御三家の筆頭・尾張家の家来なのだが、その裏には、紀伊国屋文左衛門が紀州が次の八代将軍となりそうなどといった噂をまいて、彼らを唆したが遠因。文左衛門は暇さえあれば聡四郎の生命を狙う仕掛けをするので、とんでもないのに見込まれたものだと同情してしまいますな。
家継が立派に成人するまで、尾張吉通に将軍位をリリーフしてもらえ、という家宣の「遺言?」を生かせなかった尾張の方々は運にも恵まれていないようで、人間違いで襲ったことを隠すために、聡四郎の屋敷まで大人数で乗り込んでくるのだが、全て返り討ちになってしまい、逆効果となるのが哀れですな。ネタバレながら次シリーズの「御広敷用人」のシリーズでも、聡四郎にこてんこてんにやられているのでよくよく相性が悪いようである。

まあ、次から次へと刺客に付きまとわれる聡四郎であるのだが、それと並行して、大宮玄馬、袖吉、相模屋伝兵衛、入江無手斎などなど、共に戦ってくれる人も増えてきた。なによりも、

「一人でなんでもしようとする。その癖はなおったみたいだけど、まだ人に頼るということがわかっていないようだから。だから、あんあたは馬鹿。頼って欲しいのなら頼ることも覚えなければ駄目。人は与えられているだけでは我慢できないの。与えられ、与えて初めて人と人とはやっていけるのだから。」

と聡四郎を説教する、今ではすっかり奥方のようになった相模屋の一人娘「紅」がいれば、どんな強敵がきても大丈夫でありましょう。

【レビュアーから一言】

最後のほうで、今まで黒幕中の黒幕然としていながら、目的がはっきりしていなかった柳沢吉保が登場。
間部詮房と新井白石との争いの報告を聞いて、彼の

「新参で先代の寵愛、それが使いものにならないとなれば、次に出てくるのは譜代で優秀な者。そのようなものが家継さまの傅育についてみよ。まさに天晴れ名君となりかねぬ。儂にとって、いや吉里さまにとって、家継はいつまでも母親の乳房にすがりつくひ弱な子供であってくれるほうがよいのだ」

という、実の息子に「敬称」をつけた発言は何を意味しているのか。大きな歴史上の謎をはらんでいるようですな。

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