今度は「御免状」を巡って吉原が相手。生命を捨てた敵に、聡四郎苦戦ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 2 熾火」(光文社文庫)

嫌味なジコチューの新井白石、お金があるのでなんでもやってしまおうという紀伊国屋文左衛門、先代の時の栄誉再びを夢見る柳沢吉保、第二の「柳沢」を夢見る売れっ子ホスト的側用人・間部詮房と、当時の権力者が揃い踏みして権力争いを繰り広げるところに、初心者マークの勘定吟味役・水城聡四郎はビギナーズラック的に大活躍という、上田ワールド全開の時代小説「勘定吟味役異聞」シリーズの第2弾。

前巻で小判の吹き明けに絡んだ汚職事件を暴き、前巻で荻原重秀が勘定奉行の座から追ったのだが、加増はわずか五十石で、新井白石の「不正をみつけろ」という命令は終わりがない。このシリーズでは、新井白石は水城を引き立てた恩人ではあるのだが、儒学にどっぷりつかった、猜疑心の強い人間として描かれていて、できれば避けて通りたい人物である。

しかも、聡四郎をつけまわす黒覆面の男をはじめ、刺客は耐えることなく襲ってくる、という日常が始まってしまったのは、白石によって勘定吟味役に就任したのが元なのだが、聡四郎の剣の腕が半端なく強いということと無縁ではない。今巻は、遊郭・吉原の「秘密」の捜査なので、人別帳から消され人間扱いされない代わりに、吉原の治安を闇から守る「忘八」たちとの闘いである。

 

熾火 勘定吟味役異聞(二) (光文社文庫)

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【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 闇の再動
第二章 金色の繰糸
第三章 剣閃の舞
第四章 傾城の戦い
第五章 女城陰陽

となっていて、まずは前巻で苦渋をなめた紀伊国屋文左衛門は聡四郎に仕返しをしようと浪人者を差し向けるのだが、全く相手にならず撃退されるあた       りが、今回の「闘い」のスタート。
浪人者と聡四郎との勝負の時に、聡四郎を付け回しているのが、永渕啓輔という徒目付で、実は、前の大老・柳沢吉保に雇われた隠密である。ここで、このシリーの最後まで登場する悪役の一人・柳沢吉保が登場するのだが、彼が何を目的にして蠢いているのかはまだ分からない。ただ、勘定奉行を罷免された荻原重秀がだんだんと力を失いつつあるのに、吉保は役目を退いても、権勢は揺るいでいない、という設定である。

今巻の話のメインは、遊郭・吉原から表に出ない運上金が、年一万二千両もあって、しかも、その使いみちがはっきりしない、という情報を、新井白石が知ったことが発端。当然、潔癖症の白石は怒り心頭に達して、水城に調査を命じるのだが、怒ったところが、使徒不明というところより、遊女屋から貢物のように運上金をとっているところなのが白石の常人とはピントがずれているところだろう。さらに、この吉原が家康から遊郭経営の免状がでているところも気に入らず、この免状の原本がなければ吉原を取り潰す、と乱暴な計画をたてるので、どんどん火の手が広がっていくのである。こういうファナティックな人に権力を与えたり、上司にいだくとろくなことにならないのは、現代も江戸時代も同じらしい。

天下の遊郭・吉原を潰してしまおうという計画を、当然大きな反発を招くのだが、声だけの反発ですむはずがなく、紀伊国屋文左衛門が贔屓にしている遊廓の主人・三浦屋四郎右衛門を中心とした、新井白石と水城聡四郎暗殺の動きになっていくのは、このシリーズのお決まりではありますね。
ただ、聡四郎が苦戦するのは、世間と隔離された「吉原」が舞台で、しかも相手が「浪人もの」ではなくて、外の世界で罪を犯して吉原に逃げ込んでいる、生命をすでに捨てた意識の「忘八」たちというところで、「紅」の父親で、江戸一の人入れ家業を営んでいる相模屋伝兵衛でも「吉原を敵にされることはお止めなされませ。吉原は、江戸の闇。常人のうかがいしれぬ深淵の底でございまする」と恐れる闘いとなるのである。

で、聡四郎たちがぼろぼろになってあ「あわや」というところで救いの神となるのが、三浦屋が頼りがないとバカにしていた、西田屋甚右衛門という穏やかで柔和な名門遊廓の主人。実は彼が家康から免状を受けた「吉原惣名主」の家を継ぐ者で、聡四郎の危難を救った彼の意図は・・・、といた展開。このへんは、古い伝統に縛られているように見えて、実は大事なものを守っている一族、という「ヒロイック・ファンタジー」によくでる設定なのだが、こういう「定番」は妙に安心感を与えてくれますな。

【レビュアーから一言】

因業親父の「新井白石」の命令を聞いていると、ろくなことにならないな、と同情しながらも、聡四郎のスカッとするアクションにワクワクしてしまうのが、このシリーズである。そして、今巻で、同じ無手斎の道場で、聡四郎の弟弟子となる大宮玄馬が、聡四郎の家士となる。聡四郎が捜査する相手もどんどん大物になっていき、それに連れて刺客の腕も上がっていっている状況なので、力のある味方を得て、ますます剣技冴えわたる、といったところでありますね。

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