八代将軍の対抗馬・尾張吉通死す。犯人を探して聡四郎は京都へ ー 上田秀人「勘定吟味役異聞 5 地の業火」(光文社文庫)

嫌味なジコチューの新井白石、お金があるのでなんでもやってしまおうという紀伊国屋文左衛門、先代の時の栄誉再びを夢見る柳沢吉保、第二の「柳沢」を夢見る売れっ子ホスト的側用人・間部詮房と、当時の権力者が揃い踏みして権力争いを繰り広げるところに、初心者マークの勘定吟味役・水城聡四郎はビギナーズラック的に大活躍という、上田ワールド全開の時代小説「勘定吟味役異聞」シリーズの第5弾。

 時代が動き始めると、あれよあれよという間に、いろんなところから火の手が上がってくるもので、将軍が逝去して幼い新将軍が即位したばかりと思ったら、将軍候補でもあった尾張藩主が死んだり、徳川家のあちらこちらで御家騒動の種が芽を吹き始める。

今巻では、八代将軍を狙っていた尾張藩主の徳川吉通が側室のところで晩飯の魚を食って変死する。死んだ途端に跡目相続で家中が騒然となるのは、武家の習性なのか、このシリーズの習性なのかはわからないが、物語が弾みだすのは間違いない。ただ、聡四郎を引き立てた新井白石は、亡き家宣の遺志を継ぐことばかりを考えていで、昔の「成功体験」を忘れられない、本書によれば「妄執の人」になってしまってますね。
さらには、何かとあら捜しをして再び政権に復帰しようと躍起になっている新井白石が、聡四郎に吉通の暗殺をしたと思われる側室と側用人を探せ、と言い始め、二人の出身地の京都まで出張する無駄骨折りの「探索行」に駆り出されていくといった展開である。

 

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 枝葉の争い
第二章 陽炎の座
第三章 因縁の連鎖
第四章 旅路の闇
第五章 遠国の風

となっていて、まずは暗殺された「吉通」の跡目相続を巡って、幕府、尾張藩の中の騒動が描かれる。暗殺をネタに尾張藩の取り潰しを狙う老中たちに、潰すのではなく恩を売れ、とアドバイスする間部詮房は、取り潰しによる政情不安に気づくだけ老中たちより見識が深いとはいえるのだが、そのへんに気づかない「老中」たちってのは逆に幕政を担っていて大丈夫なんだろうか、と心配になる。

白石の命令によって、聡四郎は二人の出身地である「京都」まで出張することになるのが今巻の大筋。もっとも、この二人は柳沢吉保のところに匿われているので、まあ無駄な出張に終わるのは明らかなのだが、メインは、この道中にいろんな刺客がでてくるところなので、このシリーズにとっては二人の行方なんかはどうでもいいことなんである。

さらには、小田原のあたりから紀伊国屋文左衛門が同行を申し出てくるので、まさに「敵」と一緒に旅をすることになる。「敵」とはいっても、日本各地に配下の店をもち、しかもいろんな大名に金を貸して恩を売っている「大豪商」なので、時と場合によってはこれほど「力」になってくれる「敵」はいないのである。
例えば、熱田で尾張藩の「木曽衆」に襲われたときも、紀伊国屋の手配する船で、木曽集をぶった切っておいてさっさとトンズラできるし、本来なら木賃宿に泊まるはずが良い宿へ泊まることができたり、京都で泊まる組屋敷では飯の世話などをする女中を借りてくれたりといった具合で、貧乏旗本の御用旅では、少しばかり旅費と活動費をもらっていてもこんなことはできませんね。

もっとも、紀伊国屋に何の下心もないわけがなく、京都の遊廓・島原で、江戸の金座・後藤庄三郎の初代が家康の子ではないか、といった情報をさりげなく聡四郎にインプットして、次の布石にしておくあたりは、さすが海千山千の商人のワザである。

おきまりのアクションシーンの相手方は、今巻は尾張藩の刺客が主となる。ここで単に「浪人者」を雇われるとがっかりくるところなのだが、熱田で襲ってくる「木曽衆」は

壬申の乱までさかのぼる歴史を持つ。
大海人皇子の挙兵に応じ、騎馬をそろえおおとものおうじみなもとのよしなかて参集し、瀬川で大友皇子の軍勢を破ったことに始まり、源義仲の平家討伐の原動力ともなった。
耕作地の少ない木曾の山中に住んでいることから、忍や雇われ兵として出稼ぎしなければ生きていけず、代々武を受けついできた。

といった昔から続く「忍」の系統であるし、京都で対決する尾張藩の「お土井下組」は

お土井下組は、秘された存在であった。
表向きは名古屋城高麗門を警護するお庭足軽組うずらの一つとされていた。
名古屋城本丸の退き口、藩主脱出の門となる鶉門である高麗門を警護することから、特別にあつかわれていた。
お土井下組と呼ばれたのは、組頭である久どう道家の屋敷が、高麗門を出たお土井下にあったことに由来している。
藩のなかでもお士井下衆の存在を知り、その真の役目を理解している者は少なかった。

といった由来をもっていて、こうした由緒ある「刺客」が出てくるのが、御三家筆頭の尾張徳川家の「力」でありますね。こうした伝統と歴史を背景にした強そうな刺客を聡四郎が倒していくあたりは、ヒーロー漫画の醍醐味に通じるものがありますな。

そして、もう一つの剣の勝負は、浅山鬼伝斎の「一伝流」と入江無手斎の「一放流」との因縁の対決。鬼伝斎も本シリーズに登場した頃は、無敵の腕を持つ謎の剣豪といった感じであったのだが、ここらにくると柳沢吉保の江戸を騒がす陽動に使われているレベルになってしまっているのだが、強敵は強敵。この勝負以後、無手斎が右手の筋を斬られ剣のワザが変わりますね。

【レビュアーから一言】

将軍・家宣が逝去してから、彼の遺志を継いで幕政を動かそうと躍起になっている新井白石なのだが、間部詮房や老中たちから権限を取り上げられ、焦りばかりが出ているのが現状。こうした上司に使えなければならない聡四郎に同情もするのだが、こんな白石を、「紅」と彼女の父親・相模屋伝右衛門が評して

「新井さまは、人を信用なさりませぬ。なんでも己で対処し、他人のやることはいっさい認められない。」
「それじゃあ、誰も味方してくれない。」
「そうだ、新井さまにあるのは、敵と手下だけ。いや、道具だけ」

といったところは、使う立場にある人も、使われる立場にある人も、すべてのビジネスマンが心しておいたほうがいい言葉でありますね。

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