嫌味なジコチューの新井白石、お金があるのでなんでもやってしまおうという紀伊国屋文左衛門、第二の「柳沢吉保」を夢見る売れっ子ホスト的側用人・間部詮房と、当時の権力者が揃い踏みして権力争いを繰り広げるところに、初心者マークの勘定吟味役・水城聡四郎はビギナーズラック的に大活躍という、上田ワールド全開の時代小説「勘定吟味役異聞」シリーズの第7弾。
表の歴史では、江島生島事件が起きたのが正徳4年1月、柳沢吉保は正徳4年(1714年)9月に亡くなっているので、本書にあるように、柳沢吉保が自分の死を秘すといった細工をしていても、わずか半年ほどの間の権力模様の変遷が描かれるのが本巻。
家継を抱えて遠隔支配をしようと企んでいたのが、江島生島事件で月光院との仲がばれて権勢が失墜しつつある間部詮房の家が罠にかけられて追い詰められていくのが本巻の主筋である。
【構成と注目ポイント】
構成は
第一章 崩れた権
第二章 潜む策謀
第三章 渦と清流
第四章 末期の一手
第五章 遺された枷
となっていて、間部詮房を罠にかけたのは、ご存知の豪商、紀伊国屋文左衛門なのだが、その手段が大坂の米市場に紀伊国屋の持っている米を全て放出して、相場をどんと下げるというのがまず第一手。次の手が、米の値段の暴落で大損をした間部家の勘定奉行に、江戸出店を手助けしてくれたら礼をする、といって金をどんどん貸してがんじがらめにしてしまう、といういくら損をしても構わないというやり口で、このへんは紀伊国屋ほどの大金持ちでないとできないですね。
紀伊国屋の目的は、柳沢吉保の意をうけて間部秋房を失脚させることなのだが、配下の番頭・多助が、ついでに聡四郎の始末を頼んだところから、聡四郎と間部家との争闘が起こるのである。
アクションシーンは、この間部家の家臣たちとのものと、多助が独自に依頼した坊主の刺客のものと二つ起きるのだが、興味深いのは、坊主との闘いのほう。独鈷杵とか鉄製の数珠、鉄芯入りの錫杖といった珍しい武器で襲ってくるので、かなり聡四郎たちも苦戦しますね。おまけに二回目に襲撃されたときは、伊賀者もついでに襲ってくるというおまけつきである。
間部家のほうは、国元から手練という評判の若者を10名も集めて聡四郎を襲わせるのだが、なんなく撃退されてしまって、なんとも頼りないお武家様ばかりであります。
八代将軍位をめぐった権力争いのほうは、柳沢吉保がいよいよ自分の死期が近づいたということで、本格的に稼働。八代目の候補者は紀州と柳沢吉里二人に絞られてきているのだが、まずは七代目が逝去しないと八代目は生まれない。吉保に依頼された、紀伊国屋は自分の抱えているはぐれ忍・庵を大奥内に潜入させることに成功する。そして、紀州の吉宗の殺害は吉保の隠密・永渕啓輔が請け負うこととなり、将軍位争いのクライマックスは次巻へと続くのである。
【レビュアーから一言】
おやおや、と思うのが、柳沢吉保が息子の吉里に将軍を目指すよう説得することろで。
「順逆の徒どもが・・・おいたわしや、上様」
(略)
「上様のなされることに反駁するならまだしも、あのような卑怯な手に出るなど、家臣の風上にもおけに輩どもめ」
と言っているのは、綱吉が大奥の「開かずの間」となった「宇治の間」で正妻の鷹司信子たちに殺されたことであろうが、これについては、生類憐れみの令などの悪政をなんとかするためにやむを得ずやったことだという話もあって、単純に綱吉公が「御可哀想」とはならないのだが、真実のところは霧の中ですね。綱吉の忠実な部下であった柳沢吉保にしてみれば、とにかく綱吉を害したことが許せなかったのかもしれんですね。
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