「大奥」に巣食う「わがまま」と「贅沢」をやっつけろ ー 上田秀人「御広敷用人 大奥記録 1 女の陥穽」(光文社文庫)

前シリーズ「勘定吟味役異聞」シリーズで、将軍家宣の寵臣・新井白石に見出され、綱吉時代から行われた勘定奉行や豪商などによる幕府内の様々な不正を暴いてきた水城聡四郎が、今度は新将軍の徳川吉宗に見出され、「大奥」を相手に大暴れするのが、この「御広敷用人 大奥記録」シリーズである。
時代背景的には、吉宗が紀州から出てきて、将軍となり、幕府や大奥の大改革に乗り出そうとするときで、まだ大岡越前などの、この時代を描いた時代小説ではおなじみのメンバーはまだ登場してこない、享保元年(1716年)から始まる、吉宗治世の草創期の物語である。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 将軍の座
第二章 砂の天下
第三章 蠕動の始
第四章 化粧の裏
第五章 街道の争

となっていて、シリーズの第一巻であるので、若干、設定や時代背景や人間模様の説明が妙に詳しい。さらに、この作者は時代考証であるとか、登場人物のエピソードとかの記述で脇道にそれることが多いのは定評があって、このへんに好き嫌いが出るようなのだが、吉宗が分家から本家に入って将軍位を継いだあたりは、周囲の人間模様も複雑怪奇な上、吉宗や新幕閣に対する感情も好悪両極端にあったはずで、ここらの雰囲気をつかんでおくには、少々クドいほうがよい。

さて、物語の方は、まず、第一章で、吉宗が早速に、女中を減らすと言い出して、大奥へ喧嘩を売り始め、その先鋒役として水城聡四郎を「御広敷用人」に任命するところからスタート。この女中を減らすというのが、吉宗の大奥改革の第一歩として知られる「美人は嫁入り先があるから、彼女たちから暇(いとま)をとらせる」というものなのだが、もともとの「女中を減らす」のは問答無用というのが、ワンマン経営者らしいところでる。
もっとも、減らされる方も、黙っていなくて、吉宗の廃位の策謀を巡らすし、それに乗っかって、将軍位を狙う親戚筋もでてくるのが、「時代劇」らしいところで、まあ、こうでないと物語は踊っていかない。
しかも、まず将軍位を狙い出すのが、吉宗の出身である「紀州」というのが、皮肉なところでありますね。もっとも、将軍位争いで次巻以降で主役として出てくるのは、天英院が推した六代将軍家宣の弟の館林藩主であるんですがね。

そして、話の主筋のほうは、御庭番に探索方の仕事を奪われた、御広敷の警備をする「御広敷伊賀者」の組頭・藤川が、水木聡四郎がさらに伊賀者の権限を削ろうとして赴任してきたと誤解して彼を襲ったところから、シリーズを通じて生命をかけた闘いを繰り広げていくのに、天英院と月光院の大奥主導権争いと、将軍の廃位の謀略が絡んでいくという展開であるのだが、この巻はまずはその滑り出しのところまで。

【レビュアーから一言】

将軍吉宗の治世というと、数々のTV番組や映画などで、反対派をあっという間にやっつけてしまって、その上で江戸市中の治安を守るといった「暴れん坊将軍」のイメージが強いのだが、そこに至るまでには、彼を「紀州の猿」と田舎者扱いして、自分の権益を守ったり、言うことをきかせようとする大奥であるとか、幕閣などとの辛抱強い「闘い」があったのね、と印象深いシリーズの開始である。
吉宗自体も切羽詰まった状況なので、吉宗も人使いが荒く、先頭で戦わされる「水木聡四郎」も大変だね、というところなのだが、次から次へとふりかかるトラブルを、聡四郎がガンガン立ち向かっていくのが、このシリーズの読みどころでもある。敵役にイライラしつつ、彼に降りかかる事件にハラハラしながら読み進めてくださいな。

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