長唄の美人師匠と薙刀の達人の奥方が、江戸の悪党をなぎ倒す ー 西條奈加「世直し小町りんりん」

舞台は江戸。日本橋を北に渡った東側にある高砂町に住む、長唄の師匠で「高砂弁天」こと「お蝶」を主人公に、彼女の義姉で、兄で南町奉行所の当番与力・榊安之の奥方・沙十(さと)、お蝶と同じ長屋に住む「雉坊」「千吉」とともに、持ち込まれている面倒な相談事を、お蝶の気風の良さと沙十の薙刀の腕で解決していく仕立てなのが、本書『西條奈加「世直し小町りんりん」(講談社文庫)』

時代的には、最後のほうで、南町奉行の岩渕是久が「これまでさまざまな御役についてきたが、役を重ねるごとに城中の暗愚ばかりが際立つ。二百年を経て、すでに根太が腐っているのだ」と言うあたりをみると、文化文政の頃あたりでしょうか。まあ、町民文化が爛熟して最盛期であるとともに、牧野 の賄賂政治が横行した時であるので、あれこれ揉め事が起きるにはうってつけの時代ですね。

【収録と注目ポイント】

収録は

「はなれ相生」
「水伯の井戸」
「手折れ若紫」
「一斤染」
「龍の世直し」
「朱龍の絆」
「暁の鐘」

となっていて、まず第一話の「はなれ相生」は、お蝶の弟子のの本橋の瀬戸物問屋伊藤屋の娘・お久美が遊び人の男と度々会っているようなので、これをなんとかしてくれ、という伊藤屋の女将さんからの頼みを「沙十」が受けたもの。

旦那が奉行所の与力ということであれこれ持ち込まれる相談事を、今まで解決してきた若党が辞めたため、奥さんの「沙十」が解決する羽目になっているという設定ですね。
で、この遊び人の「建造」というのが、もとは実家が上総の油問屋の次男坊で、兄をうらやんだ末に家出したという境遇なのだが、根は真面目というのが幸いします。

第二話の「水伯の井戸」は、牛込の「水天長屋」にある店に嫌がらせが続いていて、店の前に泥が撒かれていたり、落書きがされている。そして、この嫌がらせの犯人は幽霊らしく、この長屋から出て行けと脅す、というのである。この長屋の近くには、「水伯の井」という井戸があって、いままで枯れていたのが最近、美味い清水がでるようになって皆が喜んでいる矢先だったのに・・、という展開。この嫌がらせの原因が、実は、この井戸というのは思ってもみないことですね。

三話目の「手折れ若紫」は、浅草諏訪町の袋物問屋の跡取り息子・覚之助が、近くの同じ袋物問屋の娘・お小夜に悪さをした、として捕まった事件の解決。娘の両親は、その娘と結婚するなら不問に付すと言い出しているのだが、なにか裏がありそうな雰囲気。一方、お小夜は生意気な娘ながら、覚之助を好いているようで・・、という展開。

四話目の「一斤染」から以降は、「お蝶」の父親の死の真相と、事件の解決に今まで「お蝶」を助けてくれた「雉坊」「千吉」の抱える秘密を軸に展開していきます。
そして、両方とも、幕府に対してなにやら仕掛けるいった類のものである上に、南町奉行本人も関係しているらしい、というかなり物騒な話である。
この陰謀は、千吉の通う大きな町道場が主体となっていて、さながら、由比正雪の反乱っぽい展開ですね。かなりのアクション・シーンも展開されるので、戦闘ファンにも楽しめると思います。

【レビュアーから一言】

本書でいい味出しているのは、お蝶の義姉さんの「沙十」さんで、道をよく間違えたり、おっとりとした若奥さんぽい雰囲気なのだが、いざ戦闘シーンでの

勢いよく応じた爺やが、杖の頭に手をかけた。ぱかりと蓋があき、中から細身の棒を日本とりだしつなぎ合わせる。たちまち長柄となったものを、阿吽の呼吸で沙十が後ろ手に受け取って、反りの強い懐剣の刀身を先にはめた。
びゅおん、とひとふりされたものは、見事な薙刀だった。
(略)
沙十の足が地を蹴って、びゅん、と長柄が鳴った。
作蔵が、まるで芝居見物でもしているような口ぶりで、お蝶に声をかけた。
「どうです。いい音でございやしょう? 鳴千鳥って言いやしてね」(P44)

といった具合で、薙刀を振るって悪党をばったばったとなぎ倒していく姿には、惚れ惚れしてしまいますね。

世直し小町りんりん (講談社文庫)
世直し小町りんりん (講談社文庫)

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