「南星屋」の新名物は諸国の菓子づくしー西條奈加「亥子ころころ」

西條奈加

江戸の麹町六丁目の狭い裏通りをはいったところにある小さな菓子舗「南星屋」を舞台に主人の治兵衛、娘でおかみのお永、孫娘のお君の三人をメインキャストに、南星屋の商売繁盛と菓子に由来する小さな謎解きと人情話が語られる「南星屋」シリーズの第2弾が『西條奈加「亥子ころころ」(講談社)』。
前作では、治兵衛が将軍様のご落胤であることがわかり、実家の旗本の家を揺るがす騒動が起きた上に、お君が平戸松浦家のご家来にみそめられての嫁入りなどといった大きな出来事が相次いだのだが、今巻はその騒ぎもおさまって菓子づくりと人探しの話が展開されます

【構成と注目ポイント】

構成は

夏ひすい
吹き寄せる雲
つやぶくさ
みめより
関の戸
竹の春
亥子ころころ

となっていて、今巻は、怪我をした腕がまだ治りきらず菓子作りに苦労している治兵衛が主人を務める「南星屋」の店先に、小田原宿で護摩の灰に旅の路銀を盗まれ食うや食わずで江戸までたどり着いた「雲平」という名の40過ぎの男が行き倒れているところからスタートします。

◇南星屋に腕利き菓子職人が弟子入り◇

この行き倒れの男は実は京都で菓子職人をしていたのですが、大身の旗本の調理場で菓子を作っていた弟弟子の行方がわからなくなったため、急遽江戸へその弟弟子・亥之吉を捜しにきた、というわけです。「雲平」は、南星屋の主人・治兵衛と同じく諸国を巡っての菓子修行をしていて、治兵衛がまだ知らない地の菓子のこともよく知っているという腕の良い職人です。二人は意気投合し、雲平は南星屋で働きながら弟弟子の行方を探すこととなります。諸国の菓子を知悉している二人がかけ合わさることで、南星屋の商売がますます繁盛、という段取りですね。

◇雲平の弟弟子の行方不明の謎は旗本屋敷にあり◇

雲平の弟弟子・亥之吉が働いていた旗本屋敷に問い合わせると、彼はその家のご隠居が急死したときに出奔していて、その隠居は菓子に毒を盛られたのでは、という噂がでていて、なにやら怪しい事件の臭いがしてきます。

隠居の死に亥之吉が関係しているのでは、と雲平は心配するのですが、一方で亡くなったご隠居は有名な茶人で道具道楽も相当なもので、家計は火の車。家督を継いでいる息子は、茶道といった風流には全く興味がなく、父親の道楽で借金が拡大していくのを苦々しく思っていた、ということもわかってきます。

どうやらご隠居の死は単純な病死ではないような気配が漂うところに、亥之吉が奉公していた旗本・日野家の若様が南星屋を訪ねてきます。そして、亥之吉が得意だった松江藩の松平不昧公ゆかりの「竹の春」という菓子を見た彼は

「・・・おれの、悪戯のせいで、『黙(しじま)』が壊れて・・・そのために、おじいさまが亡くなられて・・・その罪を、亥之吉が代わりに被ってくれた」

と泣き出します。『黙』というのは、亥之吉が仕えていたご隠居の自慢の茶器なのですが・・、という展開です。

ご隠居の亡くなった当時の様子が明らかになると、ご隠居の死の陰に旗本の家の隠されていた秘密が一緒に明らかになっていくのですが、このあたりを書くとネタバレが過ぎるので、原書のほうで確認してください。

このほか、諸国を旅していて腕もいい雲平の憧れのような気持ちを抱く、南星屋のおかみ・お永や、勝手に女房の「お永」や娘の「お君」を捨てておきながら、今になっては「お永」への未練が復活した元亭主・修蔵とのいびつな三角関係であるとか、前話で縁談が壊れてしまった「お君」に密かに恋心を抱く、治兵衛の実家である旗本・岡本家の現当主・志隆の恋の行方とか、本筋以外にも気になる話が展開されているので、そちらのほうもお楽しみください。◇

【レビュアーからひと言】

今巻は諸国を旅して菓子修行をした二人の職人が、南星屋の商売のため次々と新作菓子を発表していきます。例えば

種を餅状にこねあげて、棒形に整える。羊羹に近い形だが角がなく、切った面が一分銀に似ている陸奥盛岡の菓子「豆銀糖」

であるとか

卵と砂糖、小麦粉の皮で餡を包んだものだが、皮に甘酒を足して、少しふっくらさせる。皮に小さな穴が空いてしまうので、見てくれは軽石みたいでぱっとしないが口当たりのいい岡山の菓子「つた袱紗」

といったものですね。本歌取りのところもあるので、各地の菓子そのままとはいっていないのでしょうが、「田舎」のある人は、ご当地の菓子捜しをしてみてもいいかもしれません。

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