仕事一筋のご隠居に孫がもたらした第二の人生双六ー西條奈加「隠居すごろく」

江戸の「巣鴨」で店を構える、六代続いた糸問屋「嶋屋」の主「徳兵衛」は還暦となったのをきっかけに、商売から引退して趣味三昧の暮らしをしようと隠居するのですが、ねっからの吝ん坊で、商売以外に趣味がないという「堅物」。悠々自適な暮らしも飽きがくるのですが、そんな時、やってきた孫が、彼の第二の「人生双六」を動かしはじめて、という江戸時代版の「定年後」を描く人情時代劇が本書『西條奈加「隠居すごろく」(KADOKAWA)』です。

「隠居すごろく」 構成と注目ポイント

構成は

一 当ての外れ
二 悪癖
三 兄妹
四 にわか師匠
五 糸玉の音
六 千客万来
七 狂言作者
八 商売道楽
九 芝居顛末
十 裏の顔
十一 落首
十二 双六の賽

となっていて、今巻の主人公の嶋屋の主人・徳兵衛が隠居して一人で隠居所にひきこもってからの一年間のドタバタが描かれます。

隠居して悠々自適のはずが、「寺子屋」状態に

まず最初のところは、今まで三十数年間、家業の糸問屋の主人として店を切り盛りしてきた、この物語の主人公「徳兵衛」が高らかに「隠居」を宣言するところから始まります。この店は「徳兵衛」で六代続いてきていて、店を子孫に繋げるため、贅沢もせず、道楽もせず、商売一筋に励んできたのですが、ここで隠居して自由気ままに、好きなことをして暮らそうという魂胆ですね。

なので、店から少し離れた巣鴨の百姓家を改装して、独り住まいをすることにしたのですが、妻の「登勢」は隠居所には来ず、店に残り、いろんな趣味に手を出したのですが、どれもこれも飽きてしまい、たちまち暇でしょうがなくなる、といった事態に陥ります。このへんは、現代の定年を迎えた「お父さん」たちとそっくり同じですね。

このままではボケてしまう・・というところなのですが、救世主となるのが孫の「千代太」です。彼は出来はいいのですが、気の優しいボンボン育ち。手習所の厳しいお師匠さんに馴染めず、早退を繰り返していたのですが、祖父の隠居所で午後を過ごすようになります。そして、あるとき祖父の「人のために情けをかけろという言葉をうけて、近くの貧しい家の子どもたちを大量に隠居所に連れてき始め、これが寺子屋に発展し・・・という展開です。
最初に連れられてくる「なつ」という女の子が無邪気な可愛らしさを出してますね。

隠居所がビジネス拠点へ進化

近所の貧しい子たちが集まる臨時「寺子屋」となった「徳兵衛」の隠居所なのですが、子どもたちの暮らしを立て直すには、親の稼ぎをなんとかしないといけない。ということで、もともと口やかましい商売人の「徳兵衛」は、最初の隠居所にやってきた「勘七」と「おなつ」の母親の暮らしの再建に乗り出します。彼女は今は近くの店で酌婦をやっているのですが、もともとは腕のいい「組紐職人」です。彼女のつくる組紐が、着物道楽の実の娘・お楽に評判が良かったことから、徳兵衛の「商売人」としての心に再び火が点いて・・・と言う展開です。もともと趣味といえるものはなく、商売一筋に生きてきた人物なので、こうなると夢中です。組紐ビジネスの販路を見つけたり、上州から女中の知り合いの娘を呼び寄せて、女性職人として工場を拡張したり、と生き生きと動き始めることとなります。
さらには、勘七たちが、ほそぼそと生活費を稼いでいたお寺の「観光案内業」をしっかりとして「ビジネス」に育て上げる智慧まで貸して、という筋立てで、隠居してのんびりを暮らす予定であったのが、現役当時と同じぐらいの忙しさになってしまい、という展開をみせていきます。

隠居ビジネスに立ちはだかる壁を突破せよ

しかし、ここで様々な問題が生じてくるのがビジネスの常。組紐製造では、規模拡張のため隠居所の改修を計画し、その資金を実家の「嶋屋」から借りようとするのですが、なんと店を継いだ息子が、詐欺にあって店の運営資金をごっそりだまし取られる、という事件が勃発しますし、子どもたちの観光案内業では、突然参入してきたごろつきの大人たちと「差別化」するため、寺の縁起を紹介する「芝居」を演じて集客するという試みが、ごろつきたちと組んだ寺役人の横やりでとん挫。芝居の台本を書いてくれた狂言作家が捕縛されるという事態となります。
さて、この危機を、「徳兵衛」はどうやって切り抜けるのか・・・といった展開です。

レビュアーからひと言ー「定年後」の生き方の参考になるかも

仕事以外に趣味がなくて、現役時代は、家庭や子どものことは「妻」まかせ、という本巻の主人公「徳兵衛」なのですが、こういう男性は、あなたの身近でもたくさん見かけるのではないでしょうか。
昔の職場に顔を出しすぎて疎まれたり、奥さんにまとわりついて「濡れ落ち葉」と呼ばれたり、とさんざんな扱いをうけることが多くても、かといって、新たな「趣味」も見つけらず、というのが実情だと思うのですが。本巻の「徳兵衛」にならって、儲け抜き、失敗上等の第二のビジネスを始めてみるのもいいかもしれません。第二の人生双六の「上がり」は、第一の人生双六とは違ったところにあるのかもしれないな、と思わせてくれる人情話です。

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