神楽坂商店街の人情謎解きは今回も暖かい=西條奈加「よろずを引くもの お蔦さんの神楽坂日記」

元売れっ子芸妓で、女優でも売り出し中のところを劇的引退して、神楽坂の老舗履物店の主人と結婚した経歴をもっている、まだまだ元気で粋で、江戸っ子特有のキップのよさと辛辣な口調の祖母・お蔦さんと、彼女の孫で、北海道に赴任した両親と離れてお蔦さんと同居している料理上手の「望」くんとが、神楽坂の商店街を中心におきる日常の謎の数々を解きほぐしていくというコージー・ミステリーシリーズ「お蔦さんの神楽坂日記」の第四弾が『西條奈加「よろずを引くもの」(東京創元社)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

「よろずを引くもの」
「ガッタメラータの腕」
「いもくり銀杏」
「山椒母さん」
「孤高の猫」
「金の兎」
「幸せの形」

の七編で、今巻では、お蔦さんや望くんの環境に大きな変化はなく、神楽坂の日常の謎解きが楽しめる短編集となっています。

第一話の表題作「よろずを引くもの」は、神楽坂の商店街で頻発している万引き被害の謎解きです。小さな商店が集まっている商店街なのでおおがかりな防犯カメラの設置も経費の面で難しく、また店の面積も狭い店ばかりなので、タグゲートの設置もできず、店番をする商店主たちが情報をもちよって、警戒を強めるしかないという状況です。

そんな中、商店街の菓子舗・伊万里の老主人の店が万引きにあい、犯人の女性を追いかけて店の外にでたところ、逆に突き飛ばされて怪我をするという事件となります。

望くんは、近所の薬局の息子で、いつも滝本家で夕食を食べるのが常である親友の洋平とともに、犯人の似顔絵をつくるため、伊万里の老主人に犯人のようすを聞き取ると、犯人は彼を突き飛ばすとき、泣きそうな顔で、しかも謝っていたというのですが・・という展開です。

なにか訳アリの犯人の正体と、泣きそうな顔をしていた謎を「お蔦さん」が推理をしていきます。

ちなみに「よろずを引くもの」というのは、「万引き」の洒落のようです。

第二話の「ガッタメラータの腕」は、望くんの通っている高校の美術部の所有している「ガッタメラータ」の胸像の石膏像がなくなってしまった、という事件の謎解きです。

「ガッタメラータ」というのは、15世紀に活躍したヴェネツィアの傭兵隊長で、「トラ猫」という意味ですね。彼はヴェローナの征服などの戦功によって総司令官まで出世しているのですが、その戦功を称えて、ルネサンス時代の彫刻家・ドナテッロが、現在はパドヴァにある「ガッタメラータ将軍騎馬像」という彫像をつくっているのですが、がデッサンの練習用として、その胸像の石膏像が学校に美術室に置いてあります。

この胸像には男性でありながら豊かな胸があるのですが、彫刻を専攻している美術部の穴水部長が、この胸像にエプロンを持ち上げている上腕部をとりつけ、笑いをさそう作品にリメイクしています。穴水部長お気に入りの作品だったのですが、その胸像がある日、姿を消してしまった、という謎解きです。

デッサン用の胸像で相当大きなものなのですが、あまり金銭的な価値のないものを盗み出した犯人の目的は・・というところですね。望くんの「ふわふわ卵焼き」をつくる技が事件を解決する鍵となっていきます。

第三話の「いもくり銀杏」は、神楽坂商店街の近くのアパートに最近引っ越してきた幼い兄妹の謎解きです。その兄妹の母親は二十代半ばぐらいのシングルマザーなのですが、ある日、旅行に行くといったきり帰ってきません。なんとか、兄妹の心を開いていこうとする神楽坂商店街のメンバーなのですが、ここでは、望くんの「じゃがりこ」でポテサラをつくる裏技がいい働きをしています。

なお、この話では、望くんが密かに好意を寄せている従妹の「楓ちゃん」が大学生とつきあっているのでは、という疑惑がもちあがり、望くんがやきもきしている様子もあわせて描かれています。

このほか、周囲から怖れられている「お蔦さん」が頭のあがらない、芸妓置屋の「お母さん」の頼みを引き受ける「山椒母さん」、町内を我が物顔で歩いている野良猫「ハイドン」を保護してくれた男の子の哀しい秘密が解き明かされる「孤高の猫」、神楽坂商店街を離れて、今は浜松に住むお蔦さんの昔の俳優仲間の娘さんが失くしたと思っている「金の兎」の在処をつきとめる話(「金の兎」)、楓ちゃんの料理の腕が「お蔦さん」なみに悲惨なことが発見される「幸せの形」など、神楽坂のほんわかしていた暖かい人情謎解き物語は、今回も健在です。

レビュアーの一言

このシリーズの謎解きや、事件解決の糸口をみつけていく際の重要なきっかけとなったり、事件解決後の「締め」の場面では、望くんのつくる料理が重要な位置を占めているのですが、今回は、「山椒母さん」にでてくる締めの料理の場面を紹介しておくと

四人が席についたところで、鍋の蓋をとると歓声が上がった。
「美味しそう!これは何鍋?」
「古漬け白菜と豚肉の鍋です」と初乃さんにこたえる。
白菜と豚バラの鍋は定番だけど、白菜を古漬けに変えると、味に深みが出る。歯応えをだすためにモヤシも加えた。
スープは味噌ベースで、ヨーグルトとナンプラーを加えてまろやかさを出す。好き嫌いを確認してから、さらに彩りにパクチーも載せた。
実はこの鍋には、大事な香辛料が使われている。レシピを発見したのも、スパイスメーカーのサイトなのだ。

といった感じで、「大事な香辛料」が何なのかは、この短編を読んだ人はすぐわかるかと思うのですが、香辛料当てとは別に、ぜひとも食べてみたい料理です。この鍋の料理のレシピを掲載したサイトは数々あるのですが、望くんがいう「スパイスメーカーのサイト」はS&B食品さんのこのページ(古漬け白菜鍋)ではないかと思われます。

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