女性の新米公事師は「三行半」をかち取れるか?ー西條奈加「わかれ縁」

江戸時代の「江戸」は、政治の中心であったせいで地方からの参勤武士や出稼ぎ者、あるいは田舎で食い詰めた男性の流入が多く、その男女比率は「2:1」だったといわれています。そのため、「女性」は引く手あまたで、結婚相手には困らないという話もあって、「三行半」と呼ばれる「離縁状」さえ手に入れれば再婚も自由であったようです。
しかし、「家」のメンツや、男の沽券、あるいは女性から銭を搾り取れるだけ搾ろうといった不埒な考えから、なかなか「三行半」を書こうとしない男もいたようなのですが、その類の「浮気者」の亭主から、自分の手で「三行半」をもぎとろうとする女性の奮闘の物語が本書『西條奈加「わかれ縁」(文芸春秋)』です。

「わかれ縁」 構成と注目ポイント

構成は

「わかれ縁」
「二三四の諍い」
「双方離縁」
「錦蔦」
「思案橋」
「ふたたびの縁」

となっていて、物語は本巻の主人公となる「絵乃」が、小伝馬町あたりで、旅籠の手代をしている椋郎という男とぶつかるところから始まります。

女性公事師見習い、誕生

「絵乃」には富次郎という亭主がいるのですが、この男が根っからの遊び人の浮気者で、亭主がこしらえる借金のせいで、絵乃が奉公先を馘首になるのが今回で三度目。離縁状をかいてくれと頼んでも、富次郎はのらりくらりとごまかすばかりで、富次郎を殺す以外、彼から逃れる方法はないのか、と思い詰めているところに、椋郎とぶつかったというわけなのですが、彼から、自分の手で亭主に「三行半」を書かせてみないか、という提案を受けます。

彼は「公事宿」と呼ばれる、訴訟ごとのために江戸で滞在する宿泊兼訴訟代理を行う旅籠の手代なのですが、彼が勤める公事宿「狸穴屋」の得意の訴訟が「離婚訴訟」という設定です。

「絵乃」はその誘いにまんまとのって、「狸穴屋」で、公事の手伝いをしながら、亭主に離縁状を書かせる修行を始めることになるのですが、様々な「争い事」の調停を務めることになり・・・という展開です。

兄妹の「父母の離婚調停」の真相とは

第二話の「二三四の諍い」は、まだ幼さを残した商家の子ども二人から「狸穴屋」にもちこまれた「父母の離婚調停」を絵乃が担当します。二人の話によると母親の実家がこしらえた借金をかぶらないように、父と二人の兄妹の兄が母親を離縁しようと計画しているとのこと。父も兄も吝嗇なのでろくに手切れ金も払うつもりもないだろうから、なんとか納得のいくものをかちとってくれ、という依頼です。
その依頼の真贋を確かめるため、絵乃が二人の兄と父母に会って話を聞くと、父母は仲が良くて離縁を望んでいるとも思えない状況で、実はこの離縁騒動に陰には、家を継ぐ予定の兄の嫉妬が絡んでいて・・・という展開です。

嫁姑対立に夫の下した両成敗

第三話の「双方離縁」では、「嫁姑」の対立の調停です。調停の相手方となるのは、作字方といって今の建設省みたいな役割の役所の事務をしているお役人・若村世一郎という二十俵高の小身のお武家です。この世一郎さんは、上役の娘を嫁にもらっているのですが、妻と実の母親の折り合いが悪く喧嘩ばかりで、心が疲れ果てて鬱々としている状態が続いています。

このままで、本当に病気になってしまうと彼の幼馴染が救援に入ったのですが、その幼馴染の妻・志賀が以前「狸穴屋」に勤めていた縁で、調停がもちこまれてきて、という筋立てです。実は、この志賀という女性は腕利きの「公事師」で、調停の策は自分でたてるのですが、自分が目立つとまずいので「絵乃」を身代わりにたてようということですね。

志賀の立案した策は、「世一郎と離縁させる」という手なのですが、その離縁の相手というのが・・という展開です。題名の「双方」の意味にちょっと驚くこと請け合いです。

伝統工芸の跡取り騒動は難しい

第四話の「錦蔦」は、それぞれ刺繍に金銀の箔を捺して仏具などをつくる「縫箔師」の夫婦が性格の不一致から円満離婚をしたのですが、その夫婦の一人息子・修之介の親権争いの調停をする話です。この一人息子を連れて奥さんのほうは実家に帰ったのですが、この息子が絵の才能に優れた逸材で、「縫箔師」の跡取りとしてぜひとも取り返したいという依頼です。

ところが、奥さんの実家のほうも伝統工芸の一族で、細く切った金箔を仏像や仏画に貼って装飾をする「截金師」を営んでいて、「修之介」の才能を高く評価していて、こちらも跡を継がせたがっている、という状況。どちらも特殊な才能が必要な伝統工芸一家で、跡をとるにふさわしい才能の持ち主は限られていて・・・という筋立てですね。

絵乃が考えた調停案は、双方痛み分けともいえるもので・・・という展開です。

絵乃は「離縁状」を分捕れるか

第五話の「思案橋」と第六話の「ふたたびの縁」では、絵乃が幼い頃、彼女と父親を捨てて、男と逃げた実の母親・お布佐に再会します。母親は私娼宿にいるような気配で、絵乃は母親と会って事情を聞いた末に母親の決別を決心するのですが、そんな折、絵乃の亭主・富次郎が何者かに背後から襲われて怪我し、その犯人として「絵乃」が疑われるという事件が起きます。

「絵乃」には全く身に覚えがないのですが、彼女に刺されたと訴えているのは、被害者の「富次郎」本人なので始末が悪いところです。濡れ衣とはいえ、絵乃には分が悪いと思われたところ、真犯人として絵乃の母親・お布佐が自分がやったと名乗り出てきます。お布佐と富次郎との面識はないはずなのに何故・・という筋立てですね。

お布佐の濡れ衣を晴らすために、絵乃は富次郎を刺した真犯人が、彼の浮気相手の女性「郷」であることをつきとめるのですが、その女性との仲が自分より長く、富次郎に金をむしられ続けたために「郷」が親から受け継いだ笠屋をつぶしてしまったことや、絵乃の母親・布佐が自分と父親を捨てた陰には悪い男の脅しがあったことを知ります。

富次郎から「離縁状」を分捕り、さらに「郷」と「布佐」の苦難の3つの課題を一度に解決するために、絵乃が思いついた秘策は・・ということで、公事師としての絵乃の才覚が灰汁烈するのですが、詳細は原書のほうで。

レビュアーの一言ー「女性公事師」の成長が爽快

今巻で紹介されているように、江戸時代の離縁状である「三行半」は夫の方からしか出せなかったということなので、映画「駆け込み女と駆け出し男」のように、別れてくれない男から逃れるために、縁切寺として名高い東慶寺に駆けこむことは、女性にとってかなり切実な願いだったと思います。

それとはちょっと趣向が違っているのが、本巻で、最初、三行半を書こうとしない亭主の仕打ちに「メソメソ」泣くばかりだった、絵乃が見習い公事師として再出発して、難しい調停を仕上げていくうちに逞しくなっていく姿は爽快感すら感じます。最後のところでは、絵乃もかなりあくどい仕掛けをするのですが、いつの間にかそれを応援している自分に気付くと思います。

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