市五郎と桂花の「供養絵額」は「一揆」へつながる ー 澤見彰「ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞」

岩手県の「遠野地方」というのは、民俗学の大家・柳田国男の著した「遠野物語」で書かれた数々の伝説や伝承によって、なにか「日本の不思議」の残る地としての印象をかちえているのだが、その遠野地方のいくつかの寺には、大きさが縦60~80センチ、横70~100センチの大きさで、なくなった人の戒名と姿を描き、菩提寺に奉納された「供養絵額」というものがある。
その絵は 「死者の多くは、美しい着物や軍服などで装い、ご馳走や酒・菓子などが置かれた豪華な屋敷の座敷に座っています。死者はまた、生前に好んだ趣味や特技・遊び・仕事をしている姿に描かれ、子供なら玩具や好んだ動物とともに描かれています」

(出典:Internet Museum「供養会額ー残された家族の願い」)といった特徴のある、ネットで見ると一種独特の雰囲気をもっている。その「供養絵額」を始めた画家とその弟子の出会いと、そして当時の盛岡藩の窮乏の中で、彼らがどう向き合ったかか、描かれるの、が本書『澤見彰「ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞」(ハヤカワ文庫JA)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一部
赤い花咲く郷
マヨイガ幻影
第二部
座敷童子の弟子
ウツツエ
天下の民
第三部
野辺送り
命の花

となっていて、まずはこの物語の主人公となる南部遠野藩の普請組に属する外山市五郎という武士が、増水した川の見回りの役目が終わったあと、画帳に、一心不乱に絵筆を走らせる場面からスタート。この市五郎は、民俗学者の柳田国男の記した「遠野物語」の増補という形で刊行された、いわば遠野物語の第二部といえる「遠野物語拾遺」の194に「遠野の六日町の外川某の祖父は、号を仕候といった画を描く老人であった。毎朝散歩をすいるのが好きであったが、ある日早くこの多賀神社の前を通ると、大きな下駄が落ちていた、老人はここに悪い狐がいることを知っているので・・」と出てくる人物であろう。彼は、外川家の次男坊で盛岡で暮らしていたが、兄の急死によって急遽、家を継ぎ、ここ遠野に帰ってきた、という設定で、もともと兄とは年が離れていたし、なんとなく「疎外感」を否定できない、という境遇である。

彼は「画」のこととなるとわれを忘れて熱中してしまうので、藩内からかなりの変人と見られているのだが、山中で見かけた「赤い山百合」を探して、「上川村」という山奥の村へ行った折、数年前の百姓一揆の首謀者の娘・桂香に出会う。
彼女の画の腕前が並々ならぬものを見抜いた市五郎は、桂香を養女として引取り、両親の処刑後、家を乗っ取った叔父たちに軟禁状態にされて、すっかり閉じていた彼女の心を開こうと、一緒に「画」を描いて過ごす毎日を送る。そのうち、市五郎の同輩・堀元之助の頼みで、彼の急死した妻の姿を描いた絵を仕上げる。

その絵というのが

市五郎と桂香とで仕上げた絵は、死者の絵だった。だが、幸せな、死者の絵だ。
元之助との子を望み、ついにこの世では果たせず、若い命を散らした類は、あの世で赤ん坊とともに暮らしている。
残された者の願いと、死者への冥福の祈りが、その絵には込められていた。
(略)
死者があの世で幸せに暮らしているさまを、残された者が見ることで、その人もまた心安らかになる。哀しみだけではなく、晴れやかな気持ちで、死者を思い出すことができる。そんな供養の仕方もあるのだと、気づかされた。

といった出来栄えで、亡くなった人の遺した思いを表した、「よい供養になる」ものと評判をとり、依頼者がどんどん増えていき・・といった展開。

この絵が「現絵(うつつえ)」と呼ばれるようになり、遠野に遺る「供養額絵」のもととなる、ということで、このあたりまでは、画好きの変人侍と、同じく画の才のある風変わりな娘の同居譚と江戸から伝わる地方の伝統の発生譚という風情なのだが、こういう「始めて物語」で終わらないのが世の常である。
物語のほうは、この桂香の父親が処刑された「弘化一揆」の生き残りの首謀者が、彼にある人の「うつつえ」を描いてくれと頼んできて、といったあたりからにわかにきな臭くなる。

本作で話の軸となる「弘化一揆」「三閉伊一揆」というのは、1847年と1853年に南部藩の三陸地方を中心に起きた一揆で、その原因は、他の一揆と同じく、税金の重さと藩主と重臣のいい加減な政治なのだが、この一揆で、「えっ」と思うのは、1847年の一揆で、農民たちと約束したことを、一揆が沈静化すると反故にして、一揆の首謀者を処刑したばかりか、元の藩主の勢力が返り咲いて、同じような悪政を繰り返したというところ。このへんが、この物語の後半のトーンを暗いものにしているのでしょうな。

そして、結末に向かっては、藩士たちによって無礼討ちされる農民たちや、再び一揆を起こさざるをえなくなる農民たちと知り合った、市五郎は、1847年の第一次「三閉伊一揆」の失敗を繰り返さないよう、ある策を練るのだが、それは・・・、という感じで怒涛のように最期のシーンへなだれこんでいきます。

【レビュアーから一言】

当方のような西日本の片田舎に住む者にとって「遠野」というところは、かなり心理的にも遠いところにあって、本書によって「供養絵」のことも初めて知った次第である。この絵の雰囲気をあらわすかのように、伝説が色濃く残る「遠野」を舞台とした本話は、かなり妖しげな雰囲気を漂わせながら展開していくので、そこのあたりも楽しんでいただきたい一編に仕上がっています。

ヤマユリワラシ ―遠野供養絵異聞― (ハヤカワ文庫JA)

【スポンサード・リンク】

オンライン予約・決済可能な日本旅行「赤い風船」国内宿泊

コメント

タイトルとURLをコピーしました