市役所の臨時出張所が臨時探偵事務所? ー 西澤保彦「腕貫探偵」

ミステリーの探偵役というと、かなり太ったグルメであるとか、くたびれたコートを来ている中年男、あるいは美貌の女性といった感じで、良きにつけ悪しきにつけ、とても特徴のある人物であることが通例なんであるが、今回登場する探偵は、腕貫をした公務員らしい公務員という「特徴のない」ことが特徴のような人物。そして、不定期に、街のどこかに臨時開設される市役所の「臨時出張所」で、来訪者から持ちかけられる不思議な出来事に潜んだ謎を解くといった展開の、風変わりな「アームチェア・ディクティティブ」ものがこの「腕貫探偵」シリーズである。

【収録と注目ポイント】

収録は

「腕貫探偵登場」
「恋よりほかに死するものなし」
「ばかし合い、愛し合い」
「喪失の扉」
「すべてひとりで死ぬ女」
「スクランブル・カンパニィ」
「明日を覗く窓」

となっていて、シリーズの開幕となる「腕貫探偵登場」では、櫃洗大学の事務室に「市民サーヴィス臨時出張所」が突然オープンしているところにでくわすところからスタート。そこで、第一話の相談者・蘇甲純也は、親から頼まれた在籍証明書を取得しに来たついでに、その相談所に座っている市役所職員らしい男に、彼が出来わした知り合いが殺された事件の相談をもちかける。それは、酒に酔って帰宅途中に、純也が同じマンションの顔見知りの男が公園で倒れているのを目撃し、警察へ通報するのだが、ちょっと目を話したすきに姿を消してしまう。彼が悪戯で警察を呼んだと疑われ、マンションに帰ってみると、その顔道知りがマンションの自室の玄関で死んでいるのが発見され、といった筋立て。この話を効いた「腕貫」の市役所職員は、現場に行くこともなく、事件の推理を語り始めるのだが・・・といった展開です。そして、相談時間が経過して、その窓口から追い出された純也は、自らその推理に従って事件を追っていくと、なんと推理通りの仕立てで・・・、という展開ですね。

で、こうした「サービス窓口」での推理が、昔の恋人と再会し、再婚を約束した母親が、娘たちの大学の卒業アルバムを見てからふさぎ込むようになった謎を解き明かす「「恋よりほかに死するものなし」であるとか、女の子を騙してカモにしている会社の同僚二人が、同じ会社の女性社員たちに復讐されるのと片棒をしらないうちに担がされてしまう「スクランブル・カンパニィ」であるとか、本人が「ちょっとした謎」ぐらいに思っているもおが、この「腕貫男」にかかると、ずるずると大きな謎が引きずり出されてくるので、ちょっとした怖いものみたさ的な謎解きが楽しめる仕掛けになってます。

極めつけは第三話目の「喪失の扉」で、元大学の事務局長であった相談者の自宅に誰が持ち帰ったか不明な昔の学生証の束と履修届のコピーがある、という相談ごとからは、相談者が自分でも心の奥底に封印していた「旧悪」が浮かび上がってくることになるのですが、詳細は原書のほうでお読みください。

【レビュアーから一言】

アームチェア・ディクティティブというと、クリスティのミス・マープルなど、人がよいが全く探偵とは思えない人の役回りとなることが多いのですが、ここまで無個性の探偵役は極度に珍しい設定です。なんとも無機質な謎解きがかなり新鮮な仕上がりになってます。

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