痴情殺人の公判をひっくりかえすヤメ検弁護士の目的は?=柚月裕子「最後の証人」

いつもよれよれの背広と寝癖のついた髪と伸びかけた髭という冴えない風貌なのですが、検事時代から「切れ者」と密かに語り伝えられている検察官あがりの刑事事件専門の弁護士・佐方貞人が事件の隠された真相を追う「佐方貞人」シリーズの第一作が本書『柚月裕子「最後の証人」(角川文庫)』です。

このシリーズの大半は、佐方が米崎地検の検事であった時の事件捜査について語られるのが多いのですが、本書は検事退官後の弁護士時代の活躍が描かれます。

あらすじと注目ポイント

構成は

プロローグ
公判初日
公判二日目
公判三日目
エピローグ

となっていて、物語はこのシリーズの舞台となっている新幹線から2時間ばかり北をいったところにある米崎市のホテルの一室で起きたある殺人事件の裁判で、主人公の佐方が被告の弁護を請け負い、その公判が始まるところから始まります。

事件のほうは、市内の高級ホテルで匿名で宿泊していた二人の男女のうち、女性のほうが胸をディナーナイフで刺されて死亡しているのが発見されたのですが、同宿の男性はいなくなっていたというものです。
現場の様子から、警察のほうでは、不倫関係のあった男女が、交際をめぐって口論になり、男が女を刺殺し、現場を立ち去ったという線で捜査し、市内の建設会社の社長で、米崎市の数々の公職を務める「島津」という男性が逮捕・起訴されるのですが、島津は犯行を全面否認し、この弁護が佐方のもとへ持ち込まれたというものです、

事件現場に残された凶器の指紋やバスローブについた血液など証拠的には被告にかなり不利で、しかも、担当する検事は女性検事で米崎検察庁のホープといわれている「庄司真生」で、彼女はかつて佐方の上司であった筒井からも目をかけられている存在です。
実は彼女は幼いころ、通り魔に父親を殺されているのですが、犯人はアルコールと薬による心神喪失で不起訴となり、その後、苦労しながら身を粉にして働き、腎臓病を悪化させてしまった母を見て育ったため、罪を憎む気持ちは人一倍強い、という設定です。

そんな彼女が米崎地検の検事正からも「この裁判は絶対に負けられない」という発破をかけられながら、万全の準備で公判に臨んできますので、佐方の弁護は防戦一方で・・という筋立てです。

一方、この裁判と並行して、過去の旧悪を追い詰めようとしている高津夫妻の物語が並走します。(少しネタバレしておくとこの夫妻の妻は、今回の殺人事件の被害者でもあることが終盤でわかります。)
この夫妻は米崎市内で医院を経営していたのですが、7年前に一人息子が塾の帰り道に、飲酒運転らしい車にはねられて死亡してしまったという過去があります。この時の加害者は、当時、県の公安委員長をしていた人物だったのですが、警察の捜査では、飲酒の形跡はなく、事故の原因は一人息子の信号無視ということで、加害者は不起訴処分に。

高津夫妻はこの人物がいきつけの高級クラブで漏らした言葉から、彼と警察が事件の真相を隠蔽したものと確信し、復讐を計画します。それは妻の美津子が、男に気があるふりをして彼をホテルにおびき寄せるもので、といった伏線が張られています。

ここまでで、読者は自分の地位を使った飲酒運転事故をもみ消した男と、公安委員長の飲酒運転という不祥事を隠蔽した警察に対してふつふつと怒りが湧いてくると思うのですが、この揉み消しと、痴情殺人の裁判がどう関係するのか、そして「佐方」の意図がどこにあるのか皆目わからない、といった状況に陥るかと思います。さらに、中盤部分で、裁判の方向を大きく変える「証人」がいる、と佐方が事務所の事務員に告げているところも気になってきます。

そして、公判最終日の最後の口頭弁論を迎えた時、論理だった訴追で島津の有罪をかち取ったと確信する真生の前に佐方が召喚した「最後の証人」は、高津夫妻の息子の交通事故の捜査を行った警察官で、という展開で、高津夫妻の伏線も回収されていき、今回の「殺人事件」の真相が明らかになるとともに、真生ほか検察庁の検事たちの顔色が青ざめていくことになります。
しかし、物語はここで終わらず、勝ち誇った顔を見せる「島津」の顔が今度はもっと青ざめるドンデン返しが用意されていて・・という展開です。

Bitly

レビュアーの一言

中盤ぐらいまでは、これはいわゆる「悪徳弁護士もの」かな~、という感じが漂うのですが、主人公の佐方の「罪はまっとうに裁かれるべきだ」という言葉の意味が最後のほうでしっかり効いてきます。
そして、終盤部とエピローグのところで、ちょっと変わったハッピーエンドが用意されてますので、最後まで読み透すことをおススメします。

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