臓器移植が導いた殺人をバツ2刑事が暴き出すー中山七里「切り裂きジャックの告白」

若い頃は俳優養成所に通っていた経歴をもつイケメンながら、職務中に知り合った被害者との浮気が原因で「バツ2」の離婚経験者。男の嘘は見抜くことは巧みだが、女性の嘘は全く見抜けない、という警視庁捜査一課の敏腕刑事・犬養隼人を主人公にしたミステリーの第1弾が本書『中山七里「切り裂きジャックの告白」(角川文庫)』。

腎臓を患っていて、人工透析を続けながら、腎移植を待っている実の娘・沙耶香からは、離婚当時に家族を見捨てたために、今も冷たい扱いをされながらも、陰で娘の治療を支えつつ、凶悪で謎の多い事件の捜査に取り組む孤独でひたむきな「オヤジ刑事」の姿が描かれます。

構成と注目ポイント

構成は

一 再臨
二 焦燥
三 恐慌
四 妄執
五 恩讐

となっていて、まず第一の事件は、東京近代美樹館前の公園の中で陸上の実業団の選手が、自主トレ中の早朝、若い女性の絞殺体を発見するところからスタートします。しかも、単なる絞殺体ではなく、腹部を切り裂かれて内臓がすべて持ち去られているという猟奇的な殺人事件です。被害にあった女性には暴行の後もなく、持っていたお金もそのまま。さらに、肝臓を患っていたため、呑み会や合コンも不参加で、交遊関係も派手ではなく、色恋のトラブルもない。勤め先の信用金庫でも勤勉で素直なので評判もよい、ということで、犯罪に巻き込まれた理由が見当たらない状況です。
そんなところに犯人から犯行声明が警察とテレビ局に届き、犯人は「切り裂きジャック」と名乗り、犯行を楽しんでいるような内容を送りつけてくる、という出だしです。

犯人の手がかりがまったくつかめないところに、第二の事件が起きます。今度は家電量販店に勤めている女性で、今度は埼玉県川越市のビル建設現場で、第一の事件と同じように絞殺され、内臓がすべて抜かれているという状況で、今回も、「切り裂きジャック」と名乗る犯人から声明と被害者の体内から摘出したものらしい「腎臓」が届きます。

「切り裂きジャック」という名前と、臓器を奪うというところから、19世紀の出没したロンドンの「切り裂きジャック」との同質性に騙されて、被害者は「売春婦なのか」とか、犯人はシリアルキラーに違いない、といった思い込み情報で捜査が進められていくのですが、ネタバレを少しすると、これはミスリード。被害者の共通点は、肝臓や肺の病から「臓器移植」で救われていて、しかも、その臓器は同じドナーから提供されていたことがわかるのですが、その移植コーディネーターの医師・高野千春はドナー情報を出すことを拒み、といった感じで物語が進みます。

そして、犯人の手がかりがつかめないことに業を煮やした捜査を仕切る責任者の管理官が、テレビ局の誘いにのって特別番組で犯人を挑発するような発言をした後、 同じドナーから腎移植を受けた男性が、被害にあいます。しかも、殺された府中競馬場で、殺される前に、その移植コーディネーター ・高野と会っていることが判明し・・・という筋立てですね。

この後、高野医師が禁止されているレシピエント(臓器提供を受けた人の情報をドナー家族に提供したことや、ドナーの母親がレシピエントのところを訪ねて、その様子を陰から見守っていた、といったことが明らかになり、しかも第三番目の被害者が臓器移植によって命をながらえたのに、ギャンブルに狂い不節制な生活をしていることに腹を立てている様子が描かれます。

このあたりから、「臓器移植」の問題がクローズアップされてきて、医学界の移植推進派と反対派の対立や、その両方と有力医師として、犬養の娘・紗耶香の入院する病院の医師、真境名と榊原が登場したり、臓器移植技術をめぐっての官民癒着疑惑もあったり、と周辺の出来事が騒がしくなるのですが、ここにも犯人のヒントが仕込まれているので油断なきように。
そして、同じドナーから心臓の移植を受けた高校生のところに、ジャックを名乗る”男”から「ドナー情報を教えてやる」という誘いの電話が入ります。その高校生はその電話に誘われて、周辺を固めていた警察をまいて、犯人らしき人物のところへ出向くのですが・・・という展開です。はたして犯人は誰なのか、という結末は原書のほうで。

レビュアーからひと言

今巻では、クリスティの「ABC殺人事件」さながらに、いかにも怪しいそぶりをする移植のドナーとなった男の子の母親であったり、臓器移植の是非と、その当事者となっている医師たちの姿が大きな煙幕となって、最後の最後まで、犯人の姿をつかませない仕掛けが張り巡らしてあって、上質なサスペンス・ミステリーとなってます。
それとあわせて、このシリーズの特徴である伏線となる社会的なトピックである「臓器移植」の問題についても、2010年の大改正を取り巻いていた事情が丁寧に埋め込まれていて、社会派ミステリーとしても読みごたえがある仕上がりです。

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