凄腕の検事正の父親をもち、自らも司法試験でトップで合格し司法修習が終了すれば「法曹」の道へ進むと確実視されていながらも、自分の希望を通してピアニストの道を選んだ名探偵「岬洋介」を主人公にした、音楽ミステリーの第1弾が『中山七里「さよならドビュッシー」(宝島社文庫)』です。
構成と注目ポイント
構成は
Ⅰ テンペストーゾ デッリランテ
〜嵐のように凶暴に〜
Ⅱ アダージオ ソット ヴォーチエ
〜静かに声をひそめて〜
Ⅲ コン ドウオーロ ジェメンド
〜悲歎に暮れて苦しげに〜
Ⅳ ヴィーヴォ アルテイソナンテ
〜生き生きと高らかに響かせて〜
Ⅴ アルデンテ プレガンド
〜熱情にこめて祈るように〜
となっていて、名古屋のお屋敷町に住む一家・香川家にふりかかった火事から始まります。その家は、戦後不動産業をもとに事業を拡大したいわゆる「お金持ち」の家で、祖父・香川玄太郎が家の実権を握り、銀行勤めの長男一家と、売れないマンガ家の次男、長女の娘・片桐ルシアと暮らしています。ルシアはもともとインドネシアに移住した長女の娘なのですが、インドネシアを襲ったスマトラ大地震と津波で両親とも亡くなり、この一家で引き取った、という設定ですね。さらに遥とルシアは二人ともピアノが得意で、孫娘の一人・遥は音楽で有名な高校に入学が決まり、特待生の待遇を受けているという音楽家の卵ですね。
この孫娘二人が、祖父の住む離れに泊まっていたところ、祖父が趣味にしている模型作りのペイント剤から出火して大火事が発生します。不幸なことに、この火事がもとで祖父と孫娘の一人が焼死、生き残った一人「あたし」も、大火傷を負って、全身に皮膚移植をしてやっと生命をとりとめたという大事故となってしまいますね。
事件のもととなるのは、祖父が残した遺言状です。不動産や株券等あわせて十数億の資産が残されたのですが、このうち半分が孫娘・遥の信託財産、残り半分を長男の徹也(遥のお父さんですね)と次男の研三で分け合うという内容です。本来なら、長女の玲子も相続するところだったのですが、祖父が死去するより以前に災害死しているので相続人から外れ、孫娘のルシアの取り分は遺言の書き換えが間に合わなかった、という経緯です。さらに、遥と研三の相続分は、それぞれ音楽家、漫画家としての活動資金に使う場合に限る、という条件がついてます。
この不平等な遺産相続をめぐって、次男の研三が反発したりして、一家の中がギクシャクしていくのですが、松葉杖がまだ手放せない「あたし」が滑らないように階段に貼られていたストッパーの糊が故意に剥ぎ取られていたり、松葉杖を留めている金具が片方だけ壊されていたり、と運が悪ければ彼女が怪我をしたり、生命を落としてしまうかもしれないことが仕掛けられます。
そして、ついに遥の母親・悦子が買い物帰りに、近くの神社の階段で転落死するという事件が起きてしまう、という展開ですね。
で、読みどころの一つは、手術後の体の痛みに耐えながら、リハビリ生活にチャレンジし、ピアノの個人教授をしてくれることになった岬洋介のアドバイスを反発したり、素直にきいたりして、重傷をおった腕と指を必死に動かしてピアノがひけるようになっていく少女の姿です。一時期動くようになっていた指が母親の死によるPTSDで再び動かなくなったのを、岬の「突発性難聴」を克服した演奏をきっかけに乗り越えたり、とハラハラさせたり泣かせるエピソードが満載ですね。
当方的には、彼女をいじめてくる三人組に対してキレて逆襲するところは思わず入り込んでしまいました。
さらに「あたし」は、愛知県で学生参加としては最大級の「アサヒナ・ピアノコンクール」に学校代表として出場することとなります。岬の指導をうけながら、事故の後遺症で動きが悪い指と腕を必死にリハビリし、技術を磨いていき、という感じでクライマックスに向かって物語が進んでいきますね。彼女が不安に揺れ動きながら、コンクールの優勝目指して挑戦する姿には確実に「感情移入」すること間違いなしです。
そして、「あたし」が走ってくる車に向かって突き飛ばされ、車にはねられかけるという最後の事件がおきます。コンクールの当日明らかにされる、「あたし」を狙った犯人は・・というのが一番目の謎解きなのですが、遥の母親の殺害は同じ人物がやったのではなく、という仕掛けがされていて、筆者お得意の「大どんでん返し」がしっかり用意されています。ちょっとネタバレすると、クリスティの「アクロイド殺人事件」っぽい感じを受けました。
最後のところで、ちゃぶ台をひっくり返すような種明かしと「さよなら・・・」の意味が判明するのですが、その意味に驚くこと間違いないですね。
レビュアーから一言
本巻の主人公である「あたし」は、実はこのシリーズの第3弾目の「いつまでもショパン」で、ポーランドで開催されるショパン・コンクールで演奏する岬洋介の姿をテレビ中継で応援する姿が描かれています。
本書の最後のところで、彼女のこれからにちょっと不安を感じてしまう読者もいるかと思うのですが、安心できる未来が用意されているようですね。
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