隠れた事件を暴く天才監察医と新米研修医の活躍を見よー中山七里「ヒポクラテスの誓い」

TVドラマ化された「監察医朝顔」で、一躍注目を集めることになった、変死や犯罪の疑いがもたれる死体を解剖や検案をして死因を明らかにする「監察医」なのですが、埼玉県内の大学の法医学教室を舞台に、そこで明らかにされる監察結果から、闇へ葬られかけている「真実」を明らかにしていくシリーズの第一作が本書『中山七里「ヒポクラテスの誓い」(祥伝社文庫)』です。

主人公は、この法医学教室に臨床研修で派遣されてくる「栂野真琴」という新米医師。彼女が法医学の世界的権威といわれる光崎教授の「解剖最優先」の横暴と、光崎を尊敬している、アメリカ帰国後に検視官として名を上げることを狙っているキャシーに振り回されながら、「検死」の修行をしながら、事故死や病死で処理されかけていた事件の真相を明らかにしていきます。

構成と注目ポイント

構成は

一 生者と死者
二 加害者と被害者
三 監察医と法医学者
四 母と娘
五 背約と誓約

となっていて、第一話の「生者と死者」は、このシリーズの開幕譚。なので、シリーズの主人公となる「栂野真琴」が内科の指導教官・津久場教授から法医学教室に研修医としてまわされた経緯や、法医学教室のとても変わったメンバー・光崎藤次郎教授とキャシー・ペンドルトン准教授、そして、この法医学教室に検死と仕事を頻繁にもってくる埼玉県警の古手川刑事といった、シリーズの主要人物がざっくりと顔合わせするところから開幕します。

一 生者と死者

第一話の事件のほうは、地元で建設会社を経営する男性が泥酔し、冬の路上で凍死した、というものです。中学からの幼馴染二人とスナックで酒を呑んで一人で帰る途上で、焼酎をボトルで飲み、寝込んでしまったということのようですが、県警の古手川刑事は、日頃からお洒落な男が、安価な「焼酎」 」をラッパ飲みするというシチュエーションに不審を抱き、検視を「独断で」頼んできた、という設定です。

依頼を受けた光崎は、被害者が腎臓を患っていて、酒をたくさん呑める体調ではなかったこと、血液の中の「睡眠薬」の成分の残留を発見するのですが、そこから再度、死者の人間関係を洗いなおすと・・といった展開です。事件の真犯人のトリックより、新米研修医の「真琴」が、検視作業で光崎たちに「シゴカレル」ところをまずは読んでおきましょう。

二 加害者と被害者

第二話の「加害者と被害者」は、法医学教室に「篠田凪沙」という小学校の低学年の女の子が電話をかけてくるところからスタートします。彼女の言うには、凪沙の父親が車を運転中に女性とぶつかり、その女性は死んでしまったのだが、父親は慎重すぎるほどの運転をする人で、被害者のほうから車にぶつかってきたのだ、という話を受け、 事故の現場検証に巻き込まれていくというものです。
しかし、被害者のほうも結婚を控えていて自殺するような気配はまるでなく、 検死解剖することに当然、被害者家族は同意せず、このまま交通事故となりそうなのですが、被害者の「既往症」を見た光崎は、解剖しないといけない、と言い出し・・という展開ですね。家族の解剖の同意をとるのに、真琴と古手川が「騙し」っぽいやり方をして所轄署と大揉めになるのですが、その詳細と、光崎が見つけ出した本当の原因については原書のほうでご確認を。

三 監察医と法医学者

第三話の「監察医と法医学者」では、競艇のレース中に、選手がコース取りを誤って防御壁に激突して死亡する、という事件に関するもの。これを担当した東京都の監察医の書いた死体検案書を見るなり、光崎は「稚拙な報告書だ」と言い切り、もう一度実際の死体を検査分しろ、と言い出します。
資格のある医者が検分したもので、しかも管轄外の案件なので、当然、大揉めに揉めるのですが、半ば被害者の家族をごまかすようにして検分したところ、解剖が全くされていない状況が明らかになり・・、という展開です。
この事故の真相は、この後の光崎たちの検死で明らかになり、死んだ競艇選手の隠していた病歴と、家族への愛が明らかになるのですが、あわせて、監察医制度のもっている財政面や人材面での課題を浮き彫りにします。

四 母と娘

第四話の「母と娘」では、新米研修医・真琴の「幼馴染」の病死が事件となります。この話の死亡者となる柏木裕子は、真琴の高校時代のクラスメートで親しい間柄だったのが一年前に再会。その後、彼女がマイコプラズマ型の肺炎にかかって真琴の勤める浦和医大病院へ入院し、当時は内科勤務だった真琴が主治医となっていたいきさつがあります。その後、退院し、自宅療養を続けていた裕子を定期的に見舞っていた、のですが、裕子の病状かいっこうに好転せず、かえって悪化していて、という筋立てです。
その後、突然に病状が急変し、裕子が突然死してしまうのですが、彼女を変死として解剖するかどうかで、解剖に賛成しない裕子の母親の側にたって、光崎やキャシーと激しく対立し・・という筋立てです。
マイコプラズマ肺炎の治療をきちんとやっていながら、病状がかえって悪化していくというあたりに「あれ」という要素が見て取れて、それが、裕子の母親になにかあるよね、と思わせる展開になっているのですが、さらのその先に仕掛けがあるのが、この筆者らしいところです。

五 背約と誓約

第五話の「背約と誓約」の事件は、腹膜炎で入院していた少女がいったん薬で治癒したはずが再発し、緊急手術をした際にもともと体力がなかったため、手術に耐えきれず死亡した、というもの。この話で、第一話で、内科での研修医の単位がとれないので、それをなんとかするために法医学教室にまわされてきた、と説明されていた真琴の配属目的が実は「嘘」で、内科の主任教官の津久場教授の内々の指示があったことがわかります。

それは、光崎教授が大学に無断で解剖件数を増やしている理由をさぐれ、ということだったのですが、時とは、それにはさらなる裏があり、という筋立てです。おまけに光崎教授が解剖件数を増やしているのは、今までの5つの事件・事故が起きた本当の理由をさぐるためとわかります。そして本当の理由とは・・・ということで、最後のところで全部をひっくり返すような真相が明らかになるのですが、ここはネタバレしないので、皆さんが原書のほうで読んでくださいね。

レビュアーからひと言

多くの法医学教室ものは正義感にあふれ警察との協力関係よろしく捜査に協力する美人医師であるとか、捜査に行き詰っている警察を陰からバックアップする経験豊かで捜査感もいい医師、といったところが登場するのですが、今シリーズの監察医は真逆です。

不審な死体は、誰が反対しようが解剖したがる人物で、強引でわがまま。そして、真実を暴いたら、捜査のほうは警察へ丸投げということで、テレビ番組の「お決まりの枠内」に収まらない人物なのですが、この乱暴ぶりが一種のモノを破壊する時の「爽快感」を伴うことは間違いないですね。

既存の秩序の閉塞感にうんざりして、ちょっと乱暴な気分になりたい時におススメです。

Bitly

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