頑固爺が孫一家を守る人情ミステリーー中山七里「秋山善吉工務店」

中山七里ミステリーでは、頑固一徹ではあるが、特徴ある「高齢者」の登場するミステリーに味があるものも多く、女性で20番目の裁判官で法の倫理に厳しく、悪党の隠す犯罪をその見事な推理力で白日のもとにさらけだす「高遠寺静」の活躍する「静おばあちゃん」シリーズや、名古屋経済界の重鎮ながら核爆弾並みの破壊力をもつ「香月玄太郎」が暴れまくる「要介護探偵シリーズ」などがその嚆矢といえます。
それと同じ系譜で腕のいい大工で、墨田区で工務店を経営する「秋山善吉」が、息子の嫁と孫二人の危難を救って活躍するのが本書『中山七里「秋山善吉工務店」(光文社文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 太一、奮闘する
二 雅彦、迷走する
三 景子、困惑する
四 宮藤、追及する
五 善吉、立ちはだかる

となっていて、まずは、祖父である「善吉」の家に、善吉の息子・史親の妻・景子と、孫の雅彦と太一が転がり込んでくるところからスタートします。この親子三人は今まで住んでいた家が不審火で焼失し、その火事で夫で父親の史親も焼死してしまったため、祖父を頼ってきた、という設定です。死んだ史親と善吉はあまり仲良くなかったようですので、当然、妻の恵子や雅彦・太一兄弟もなじみが薄く、前途多難な同居生活の開始、というところですね。

そんな事情もあって、第一話から第三話までは、昔気質の頑固な職人気質の「善吉」を怖がったり、敬遠したりしながらも、家族として馴染んでいく姿が描かれます。

第一話の「太一、奮闘する」では、転校してきた小学校のクラスでイジメの標的となってしまった「太一」が最初は「力」でクラスのいじめっ子たちに対抗しようとするのですが、善吉の「敵を作るより、友達を作った方がいいに決まっとる」という助言を受けて、上級生からイジメられているいじめっ子たちを「護って」新たなステージに到達する話ですし、第二話の「雅彦、迷走する」は、中学校でも不良として扱われている雅彦が、ヤクザの手下として「違法薬物」の売買をしているショップの店員として引き込まれてしまっての顛末です。この話では、自分が売ったかもしれない薬物で、同級生の父親がラリって銃乱射事件を起こしたことから、雅彦が足を洗おうとするのですが、組織のほうではこれを認めず、間に入った「善吉」が大暴れをする、という筋立てですね。
そして、第三話では、苦手な舅の「善吉」から独立しようと、嫁の恵子がアパレル販売のチェーン店に就職するのですが、そこで商品を買った翌日、汚れてしまった商品の返品を要求する札付きのクレーマーの餌食となってしまいます。そのクレーマーの要求はどんどんエスカレートしてきてついには、金を貸してくれと要求するまでになります。景子が困り果てていると、姑の春江がこのクレーマーの撃退に向かい・・という展開です。第二話といい、第三話といい、善吉夫婦の悪党の打ちのめし方がスッキリすることうけあいです。

で、ここまでの展開だと、第三話で、景子にクレームをつけていた悪質クレーマーの黒幕が景子の味方と思っていた人物であったぐらいで、全くといっていいほどミステリーっぽくないのですが、第四話のところから、一挙に事件性が高まってきます。親子三人が善吉のところへ同居するきっかけとなった「史親」が焼死した火事の原因に、警視庁の敏腕刑事・宮藤が不審を抱いて捜査を始めます。この宮藤という刑事は、「セイレーンの懺悔」で主人公の報道記者・朝倉多香美がスクープを狙っておっかける腕利きの刑事と同一人物だと思います。

彼が最初に目を付けたのは、妻の景子です。焼死した夫の史親は、新興のゲーム会社をリストラされた後、ハローワークにはいくのですが仕事を選んで就職せず、最近では、個人トレードで大損をしている状況で、その鬱憤から家庭内暴力までおきています。宮藤は、これがもとで景子が史親の居住していた部屋のガスボンベに時限装置の発火装置のような仕掛けをして放火したのでは、と疑いをもったわけですね。
しかし、この疑いは、景子がそうした機械的なものは苦手であったことからあえなくとん挫するのですが、今度は、元とび職で、職業柄、ガスボンベなどの建築材料の知識にも明るい「善吉」へと捜査の矛先をかえてきて・・・、という展開です。
果たして、火事の真相は放火だったのか?そして犯人は善吉なのか、といった詳細は、原書のほうでどうぞ。

レビュアーからひと言

少しネタバレをしておくと、筆者のミステリーの高齢者探偵たちは、要介護探偵の「香月源太郎」翁が、「いつまでもドビュッシー」の冒頭で孫娘とともに焼死、「静おばあちゃん」こと「高遠寺静」は、孫娘の恋人の葛城刑事に名推理を披歴している時にはすでに病死、とあっけなくこの世を去ってしまう筋立てが多いのですが、本巻の「秋山善吉」翁も、小学生の女の子をビルからの落下物から守ってあっけなく命を落としてしまいますね。前者のお二人の場合は、二人が協力して探偵役を務めるスピンオフ的な作品も発表されているので、善吉さんの場合もそういうのがでてくると嬉しいですね。

Bitly

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