ピアニスト探偵は高校で苦い推理デビューをはたすー中山七里「どこかでベートーヴェン」

凄腕の検事正の父親をもち、自らも司法試験でトップで合格し司法修習が終了すれば「法曹」の道へ進むと確実視されていながらも、自分の希望を通してピアニストの道を選んだ名探偵「岬洋介」を主人公にした、音楽ミステリーの第4弾が『中山七里「どこかでベートーヴェン」(宝島社)』です。

前三作は、このシリーズの主人公・岬洋介が司法の道に一歩踏み出した後、引き返してピアニストとして再出発した後の推理譚だったのですが、本書はそのビフォー・ストーリー。岬がまだ高校生だったころの物語です。

【構成と注目ポイント】

構成は

Ⅰ  Vivo cantakile ヴィーヴォ カンタービレ
  ~生き生きと歌うように~
Ⅱ Crescendo agitato クレッシェンド アジタート
  ~次第に激しくなって~
Ⅲ Angoscia slargando アンゴシア ズラルガンド
  ~不安が徐々に広がる~
Ⅳ Moito amarevole モルト アマレーヴォレ
  ~きわめて苦しげに~
Ⅴ spiritoso lamentando スピロトーソ ラメンタンド

エピローグ
Concerto コンチェルト
~協奏曲~

となっていて、出だしのところは、前作の「ショパン・コンクール」の場面から始まります。岬の演奏に対するパキスタン大統領のメッセージをテレビ中継で見ていた、本編の語り手「鷹村亮」が本シリーズの主人公・岬洋介と出会った高校時代の「殺人事件」のこと回想するところから始まります。

物語は、岐阜県の中央部にある新設高校・加茂北高校の音楽科へ、岬洋介が転校してくるところがらスタートします。この高校は、山間にあるという特徴のほか、普通科と音楽科が併設されているという特色をもっているのですが、こうした形態の地方の学校によくあるように、音楽科のほうは地方で音楽の道を志す学生の受け皿であるとともに、普通科に不合格だった生徒の第二志望という性格をもっていて、本編でも、学科の中途半端さがあちこちにでてきます。

で、この音楽科に「ベヒシュタイン」のピアノがあるからという理由で転校してきた「岬」なのですが、ピアノの才能はすでに注目を浴びている上に、数理系には抜群の学力を持っているというところは、周囲の羨望を集めると同時に嫉妬を生むことは間違いなく、それは転校したての時の数学の授業や音楽の授業であっとうまに「確固たり環境」が形成されることとなります。本編の主人公「鷹村」くんは、数少ない「岬」の理解者であり、友人という位置づけですね。
ただ、肝心の「岬」のほうは、他の作品と同様に、音楽のことには人並外れた関心をもつくせに、それ以外のこと、特にごちゃごちゃした人間関係には全く関心をはらわないし、他人が自分に対してどういう感情(特に嫉妬や敵意)をもっているかということに無頓着なため、クラス内の不良っぽい男子・岩見たちから目の敵にされ、攻撃の対象となってしまいます。

事件のほうは、夏季休業中に音楽科の生徒たちが発表会のために登校して練習している時に台風が襲来し、その風雨に紛れて、 岬を攻撃していた生徒が撲殺されてしまいます。しかも、その死体が発見されたのが、台風のために孤立した学校から生命を賭して脱出した「岬」が助けを求めにいった民家の近くであったことから、第一容疑者として疑われることになります。これが転校以来、岬にわだかまりを持っていたクラスメートの反感に着火した上に、岬が早期に釈放されたことが父親が検事だからではないかという邪推を招き、音楽科の中で孤立していきます。

周囲の冷たい視線に耐えていた岬だったのですが、彼に、文化祭のピアノ演奏の最中に、「突発性難聴」がおき、ピアニストとしての将来を半ば閉ざされてしまいます。今まで、彼の才能に遠慮していたクラスメートたちは、ここぞとばかりに岬の避難やいじめを激化させていくのですが、岬を犯人扱いするクラスメートたちに、「その時がいたら、必ず別の可能性を提示してみせる」と真犯人を明らかにすると言い放ちます。
そして、秋雨前線が停滞して、この地域が豪雨となり、殺人がおきた時と同じシチュエーションとなります。この時、彼が明らかにした犯人は・・・という展開なのですが、詳細は原書のほうでどうぞ。
ちょっとばかりネタバレすると、「鷹村くん」は犯人ではありません。「アクロイド殺人事件」っぽい仕掛けではないので、そこは気を付けてくださいね。

レビュアーからひと言

今巻では、他の巻で、父親との対立のようすがあちらこちらに出てきていて、前3巻で、岬が父親の職業を表に出すのを嫌がる理由がわかってくるのですが、彼が岐阜県の高校に突如、転校してきた理由が、父親の突然の転勤にあって、それがあの「悪徳弁護士」シリーズの御子柴関連であることが、「おまけ」についている掌編でわかります。「御子柴」もののファンの方は岬検事との対決の後日談としても興味深いかもしれません。

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