「自然死」に偽装した殺人を法医学チームは見抜けるか?ー中山七里「ヒポクラテスの悔恨」

埼玉県にある浦和医大の法医学教室の偏屈な解剖フリークで、かつ法医学の権威・光崎藤次郎教授、アメリカ人で光崎をリスペクトしつつ、帰国後は検視官となることを目標としているキャシー・ペンデドルトン准教授。そして新米医師の栂野真琴、法医学教室に検死をもちこんでくる埼玉県警の古手川和也刑事をメインキャストにして、警察や監察医から事故死や病死と判断されている死亡事案に隠された「事件」と「犯罪」を明らかにしていく法医学ミステリーの第四弾が本書『中山七里「ヒポクラテスの悔恨」(祥伝社)』です。

埼玉県警での知名度も増してきて、光崎法医学教室の重要メンバーになりつつある真琴なのですが、今回はTVドキュメンタリーでの光崎教授の傍若無人な「本音」がもとで、普段なら無過す死亡事故の解剖の嵐に突っ込んでいきます。

あらすじと注目ポイント

構成は

一 老人の声
二 異邦人の声
三 息子の声
四 妊婦の声
五 子供の声

となっていて、今巻の騒動の発端は、法医学の課題を扱ったTVドキュメンタリーで、御パネラーの一人として出演していた光崎教授が、日本で検死解剖が少ないのは

もう一つはカネだ。もう一つというより、これが最大に理由だろうな。カネさえあれば、全ての異状死体を解剖できる。

と「拝金主義」ととられても仕方がない本音を喋ったことに始まって、大学や警察のHPが炎上してしまいます。この言葉の背後には、光崎教授の若い頃、必要と思われる検死解剖を家族が貧しかったために断念せざるをえなかった苦い過去があるのですが、そのあたりは巻の後半部に出てきます。

さらにこの発言に触発されたのか放映したテレビの公式HPに

これからわたしは一人だけ人を殺す。絶対に自然死にしか見え穴井かたちで、だが死体は殺されたと訴えるだろう。その声を聞けるものなら聞いてみるがいい

と光崎教授への「挑戦状」を書き込まれます。さて、これはイタズラなのか、本当に自然死に見せかけた殺人がおきるのか、といったところで埼玉県警の古手川刑事と浦和医大法医学教室の真琴が、自然死や事故死と判断されている案件について、馬車馬のように検死解剖の段取りをすることになります。

第一の事件「老人の声」は、”日本で一番暑い”として有名な熊谷市でおきた老人の老衰死です。その老人は息子夫婦と孫との4人暮らしだったのですが、寝たきりの状態で、エアコンもずっとつけた部屋で暮らしていたとのこと。死亡当時、家族は全員外出していて、発見したのは息子の妻だったのですが、発見から30分たってから警察の通報のあったことに不審を抱いた古手川と真琴が家族の反対を押し切って無理やり検死解剖に持ち込みます。その結果、老人は老衰死ではなくて、熱中症により死亡とわかります。古手川たちは介護に疲れた息子夫婦の犯行とみて捜査を続けるのですが・・・という展開です。

二番目の「異邦人の声」は、川口市の鋳物工場で、実務研修生で来日しているベトナム人の青年が肝臓がんによる肝臓破裂で死亡します。しかし、この工場の劣悪な労働環境と実習生たちを国別に分け、相互の競争心を極度に刺激して効率をあげる酷い労務管理をみて、古手川と真琴は、事件の背後にこの「民族対立」があるのではと、経費支出をしぶる会社と故国への遺体を移送しようとするベトナム人同僚を説得し、検死解剖します。そこで判明したのは、肝臓がんによる肝臓破裂ではなく、腹部への圧迫による肝臓破裂。圧迫したのは被害者と対立していた中国人研修生たちと思いきや・・というもの。

三番目の「息子の声」は秩父の山中のカーブが続く山道でおきたオートバイ事故。ヘアピンカーブの屈曲部で横転し、ライダーが名が出され、頭部が割れて即死したもの。被害者は、就職氷河期で定職につけないまま年齢を重ねた男性で、最近は稼業のイチゴ農家の手伝いもせず、バイクをころがしている毎日で、運転歴は長いが、運転は荒いという評判のため、カーブを曲がり損ねた事故として片づけられようとしています。しかし、自らのライダー経験から被害者の「転び方」に不審の念を抱いた古手川が被害者の両親を説得し検死解剖をしたところ、肝臓から大量の「農薬」が検出され・・という展開です。

四番目の「妊婦の声」は、フィリピンパブのホステスをしている、不法滞在のフィリピン人女性が、道端で大量出血して死亡します。フィリピンパブではけして売れっ子とはいえなかった彼女なのですが、恋人ができてもうすぐ結婚できるかも、と同僚に打ち明けていたそうで、外国人の検死解剖で予算を消費するのを嫌がり、熱中症で処理しようとする所轄署と古手川・真琴がバトルを繰り広げます。

最終話の「子供の声」では、いよいよ、光崎教授へ向けた「挑戦状」の差出人の正体とバックグラウンドが明らかになります。今回の事件は、浦和医科大の大学病院の産科の医師の赤ん坊が突然死するというもので、乳幼児突然死症候群による死亡と結論付けて「検死解剖」を拒否する赤ん坊の父親医師をねじ伏せて検死解剖できるか、ということが焦点になってきます。さらに、この医師の妻は、光崎教授の先輩教授の娘であることが判明します。

この先輩教授は、光崎がまだ助教授の頃起きた少女連続突然死事件で、一番目の被害者の母親が司法解剖を望み、光崎も解剖すべきと主張するのですが、先輩教授は、検案で事件性を否定。母親は貧乏だったため、要請解剖をする費用を捻出できず断念しています。その後、同じような不審死事件が連続し、二番目の被害者のから致死量の毒薬が検出され、小児性愛者の犯行とわかります。そして、一番目の不審死も、同一犯の犯行とわかったため、解剖を拒否した先輩教授は職を追われ、後釜に光崎が座った、といういきさつがあります。最初のほうの「カネが全て」という光崎教授の発言には、この苦い経験に基づいているようです。

そして、渋る赤ん坊の父親医師に「鑑定処分許可状」をつきつけて、無理やり検死解剖にこぎつけた真琴と古手川は、光崎教授の検死によって導き出された「赤ん坊は窒息死」という結論に驚きます。赤ん坊のいた病室には母親とその義理の母、そして義理の母の介護員という限られた人間しかおらず、狭い部屋なので、なにか不審な動きがあれば互いに気付くはずなのですが・・、という展開です。ちょっとネタバレしておくと、光崎教授の発言の基となった過去の少女不審死事件の後始末、といったところですね。

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レビュアーの一言

今巻の主人公は、真琴たち検死グループというより、真琴が抱く「違和感」をきっかけに、所轄署や遺族(たいてい検死を渋る遺族は犯人に近いのがミステリ―の常道ではあるのですが)の妨害を吹き飛ばして、光崎教授の法医学教室に持ち込む古手川刑事の「突進力」ですね。物語的には、小味のものを連続させてコース料理を仕立ててある感じで、骨太さに物足りなさはあるのですが、やはり「どんでん返しの帝王」らしく作者の隠し技が仕掛けてあるのも「安定の面白さ」です。

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