作家兼元刑事が出版界の事件の闇を照らし出すー中山七里「作家刑事毒島」

どんな凶悪な容疑者であっても、相手の弱点を瞬時のうちに把握して、陥落させてしまう腕利きに捜査員という経歴をもつ異色の人気ミステリー作家・毒島真理が、「犬養隼人シリーズ」で犬養の相棒を務める高千穂明日香とコンビを組んで、出版業界で起きる事件の数々を解決していくシリーズの第一弾が本書『中山七里「作家刑事毒島」(幻冬舎文庫)』です。

犬養隼人シリーズの」「カインの傲慢」の一節に、練馬の公園緑地で発見された肝臓が持ちされれた死体の捜査が、大量の担当事件を抱える警視庁捜査一課の「麻生班」に持ち込まれるところで「中でも幽鬼じみた顔をしているのが明日香で、化粧の乗りや肌艶だけを見ても相当疲労しているのがわかる。・・・癖のある刑事技能指導員と組まされることも多く、彼女もオーバーワーク気味だ。」と描かれているように、鼻っ柱の強い彼女が辟易するほど、辛辣で能弁な「毒島」が、その独特のしゃべり口の「尋問」で癖の強い容疑者たちを圧倒し、犯行を暴いていきます。

構成と注目ポイント

収録は

一 ワナビの心理試験
二 編集者は偏執者
三 賞を獲ってはみたものの
四 愛瀆者
五 原作とドラマの間には深くて暗い川がある

の5話。

一 ワナビの心理試験

まず第一話の「ワナビの心理試験」では、小説家志望者の登竜門である新人賞の「下読み」担当をしているフリーの編集者の殺人事件です。
「下読み」というのは、山のようにくる応募策の前選考をする役目で、この物語では落選者に評価結果を知らせているので、プライドの高い応募者たちに恨みをかって殺害されてしまった、という流れですね。
容疑者となるのは、ニートの自称文学史上に残る天才、会社を定年退職した、高度成長期を生き抜いた男の生き様を描くベストセラー作家候補、会計事務所に勤めるOLの自分探しの物語作家という、「いかにも小説家志望」というものばかりなのですが、凶器となったのが、20cmぐらいの巨大なアイスピックでの刺殺、というあたりがヒントになりますかね。

二 編集者は偏執者

第二話の「編集者は偏執者」は、本の売上げアップのためには手段を選ばない編集者・斑目が殺害される話です。例えば、新人作家・羽衣サヤの投稿サイト時代に作品を無断で掲載したり、有名作家からパクったネタをデビューしたての作家・天童九一郎に提供して盗作疑惑を引き起こしたり、といった感じで新人作家たちのプライドや今後をグダグダにする仕打ちをしてきて売上を伸ばしてきているので、編集者としては「才能アリ」と「されている次第ですね。
その彼が、中野の廃墟ビルの前にシャツの上から刃物で一突きされて死んでいるのが発見されます。
恨みを持っている人物はたくさんいても、殺人を犯すほど恨んでいるのは、前に出てきた羽衣と天童ということで、二人に容疑がかかるのですが、二人には同期作家と呑んでいたり、ホテルのバーでバーテンダー相手にクダを巻いていたり、といったアリバイがそれぞれあります。
さて、斑目を殺した犯人はどっち、そしてトリックは、といった展開です。ネタバレを少しすると、「二人は顔見知りだった」っていうのはちょっとずるいな。

三 賞を獲ってはみたものの

第三話の「賞を獲ってはみたものの」は、文学賞の新人賞作家たちに、あれこれと厳しいアドバイスをする先輩作家が、彼の仕事場でネクタイをシュレッダーに挟まれて絞殺されるという事件の謎解きです。二作目が書けずに鳴かず飛ばずになっている「新人賞作家」たちのプライドがかなり臭気をもって迫るのですが、真犯人は意外に目立たないところに隠れている、という典型ですね。真犯人を探すために、毒島が容疑者たちを「市場調査」と称して、編集会議の盗聴、書店の売り場、返本された本の断裁現場を連れ回すところは出版業界の裏事情が垣間見えますね。

四 愛瀆者

第四話の「愛瀆者」は人気作家がサイン会兼トークショーの打ち上げに出席したあと、帰り道の石段から転落死した事件の謎解き。この容疑者として、作家の周囲に出没する「アンチ」「ストーカー」「作品の売り込み」の3人の女性が浮かび上がるのですが、手がかりは死んだ作家が抱えていた、自筆サインがある口絵扉が破られたサイン本です。サイン本には、サインとあわせて為書き(宛名)が書かれているのが通例なので、この破られたページが見つかれば犯人はわかると思われるのですが、毒島が目をつけたのは、サイン本につきものの「合紙」がなかったことなのですが・・・、という展開です。

五 原作とドラマの間には深くて暗い川がある

第五話の「原作とドラマの間には深くて暗い川がある」では、毒島の作品がTVドラマ化されることになるのですが、そのプロデューサーが殴り殺されるという事件です。ここで、スポンサーや出演俳優に気を使い過ぎて、原作からかけ離れた作品となったことに毒島と担当編集者が猛抗議していたのですが、その殺されたプロデューサーが全く歯牙にもかけず、トラブルになっていたことから毒島も犯人として上側れることになります。
自分にかけられた疑いを晴らすため、ドラマの撮影現場を使ってあぶり出した犯人は・・・という展開ですが、この筆者お得意の、謎解きに先にさらにどんでん返しがある、という仕立てになってます。

レビュアーから一言

やたらと丁寧で皮肉な口調と饒舌さと「うふふ、うふふ、うふふ」という意地の悪そうな笑みで、尋問する相手の気にしている所や、触れてほしくないところをえぐり出して、犯行を自供させていく毒島なのですが、第一話の作家志望者が暴言をはいた毒島に対し「作家になる夢は諦めない。努力が全然報われない世界は認めたくない」という言葉に対して

「僕も同じ意見」
「努力は必ず報われる。そうでなきゃ冒険なんて空しいだけだもの。ただしね、その努力って正しい努力に限られるから」
「僕にはあなたの才能の有無を見極める力なんてないけど、本当にあなたに才能があるのなら、その負けん気は必ず才能の推進力になってくれるはずだ」
「矯正するのは嫌だから頑張れとは言わない。でも、負けるな」

と言うあたりをみると、案外に口の悪い皮肉家というだけではないのかもしれません。もっとも、この先に予測していない「どんでん返し」が潜んでいるのかもしれませんが・・・

Bitly

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