新米幼稚園教諭「凛」は保護者会と世間に負けないー中山七里「闘う君の唄を」

司法試験にトップ合格しながらも法曹の道に進まず、ピアニストになったのだが、事件に巻き込まれるピアニスト探偵(岬洋介シリーズ)や、少年期におこした幼女殺害事件を後悔して法曹の道に進んだが、高額の報酬を条件にあらゆる被疑者からの依頼を受ける悪徳弁護士(御子柴礼司シリーズ)など、筆者の作品には、警察や司法に関連した人物が主人公となる作品が多いのですが、それとはがらりと趣きを異にして、田舎の幼稚園を舞台に繰り広げられる物語が本書『中山七里「闘う君の唄を」(朝日文庫)』です。

物語の舞台は埼玉県秩父郡神室町という人口八千五百人の小さな農村地帯の町にある幼稚園が舞台。ここの「神室幼稚園」に新規採用となった「喜多嶋凛」という女性が主人公となります。

構成と注目ポイント

構成は

一 闘いの出場通知を抱きしめて
二 こぶしの中 爪が突き刺さる
三 勝つか負けるか それはわからない
四 私の敵は私です
五 冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ

となっていて、まずは主人公「凛」が初出勤の夜中で赤ちゃんを泣かせたままスマホをいじっている母親に、「ガツン」と注意をするところから始まります。このあたりで正義感が強くて、少々暴走傾向のある主人公を描いていますね。

その主人公が勤めることとなる幼稚園は宗教法人が経営している幼稚園の一つで、園長・京塚は年齢七十歳前後の気弱そうだが、人懐っこい笑顔の人物で、まあ典型的な幼稚園や保育園の「園長さん」というところで十五年継続して園長を勤めているようですね。このほか、凛のトレーナーとなる、元気いっぱいの「高梨まりか」、音大でオーボエを吹いていたという経歴で、凛と同じ年少の別の組の担任を勤めるクールな「神尾舞子」、理科系大学の教員っぽい理知的な雰囲気のイケメンながら、人の心理の裏を見抜くことの巧みな「池波智樹」といったところが同僚です。

これに加えて、園児の保護者会の会長をしている「見城真希」、副会長の「菅原恵理」といったところが重要なサブキャストになります。
というのも、この幼稚園では十年ぐらい前に起きた、園バスの運転士が女児の園児3人を殺害したという事件以来、保護者会が園の運営にかなりの影響力を持つようになってきていて、「凛」の教育活動にもあれこれと口を出してくる、という筋立てですね。

まあ、このあたりは、新卒で子育て経験のない新米教師と、幼稚園という生涯で一番可愛いであろう時期の我が子の成長に悩んだり、目立ちたくもあったりという母親とのバトルはよく聞くことなのですが、本巻の場合、持ちなれない権力を握った母親たちと、気が強くて情熱あふれる「凛」なので、かなりの激突が展開されます。

それは、園児同士の喧嘩両成敗の処置であったり、授業に飽きた園児たちを牧場へ無断で連れて行ったりといったところで戦端を開くのですが、主戦場となるのは「文化祭」。
この園の文化祭の劇の演目は保護者会が決めるというしきたりになっているのですが、その題目は「白雪姫」という古式ゆかしいもの。しかも、配役は園児が劣等感をもたないために、白雪姫役が5人、お妃役が5人、王子様役が5人といった、水増し配役となっていて、これに違和感をもった「凛」が異議をとなえ、新しい「白雪姫」を創作し、プロデュースすることになります。

劇の改変と引き換えに園児全員の満足が得られなければ、副担任に降格するという条件をつけられた「凛」は園児たちの希望と性格をみながら配役し、今までの劇を大幅に変えていって・・・、という展開です。主な配役につく子どもたちはまだしも、大道具などを担当するスタッフを担当する子どもたちに自信と誇りを与えるところが、ここの部分の読みどころです。

これらの奮闘で、「凛」は母親たちの信頼をかち取って行くのですが、ここで「凛」がこの幼稚園に教員として志望した理由と、彼女が10年ほど前の園児殺害事件の犯人とされる、元園バス運転士の娘であることが、この園に事件の再捜査で訪れた刑事と、新入生希望者説明会に出席した、かつての同級生による糾弾で明らかになります。
この刑事役で登場するのが、中山ミステリーのレギュラーである「渡瀬」刑事です。

殺人犯の娘ということで、保護者や同僚の心変わりや急に冷たくなった仕打ちに耐え、仕事を続けることを決意する「凛」なのですが、園長からの退職勧奨も続き、保護者の登園ボイコットという事態もおき、彼女の心は折れそうになります。
そこで起きたのが、担当クラスの男子園児の家出。母親と喧嘩した男児が、台風で暴風雨となる中、家を飛び出してしまいます。園児を探し出すため、「凛」は暴風雨の中、園児が入ったらしい裏山へ捜索へ入るのですが・・・という展開です。園児の救出もさることながら、ここで「凛」の父親が犯人とされた三人の女性園児殺害事件の意外な犯人も明らかになっていきます。

レビュアーから一言

今巻は、中山ミステリーお得意の「どんでん返し」は健在なのですが、全体としては、謎解きもの、というよりは、一人の犯罪加害者の子供の「健気なお仕事ノベル(ミステリー風味)」として読むべきでしょうね。特に、保護者会の役員たちの無神経さと我が子可愛さの厚顔ぶりと、「凛」の秘密が明らかになったあとの「園児」たちの反応が見事に対比的で、ちょっと泣かせるストーリーが楽しめます。

https://amzn.to/2W9ABr7

コメント

タイトルとURLをコピーしました