芦沢央「悪いものが来ませんように」ーあなたを襲う不幸から守ってあげる

高校生の娘が不慮の死を遂げた理由を探る父親と、彼女の親友の悪意と保身を描いた心理サスペンス「罪の余白」でデビューした筆者が、第二作として世に出したのが本書『芦沢央「悪いものが来ませんように」(角川文庫)』です。

親しい女性の夫を殺してしまった女性と関係者たちの発言で構成される、変形版の叙述型ミステリーなのですが、犯人と被害者の妻との関係性や、犯人が被害者をあっさりと殺害できた理由など、首をかしげるところを残しながら展開していくのですが、最後のところで舞台装置が、スパァッと明らかになって、いつの間には作者の手の内で踊らされていたことがわかるミステリーです。

あらすじと注目ポイント

まずは、今巻で「殺人犯」となる「柏木奈津子」の育児シーンから始まります。夜の10時過ぎに泣き出す我が子をあやそうと苦闘しているところに、実の母親から電話で苛立つ彼女が描かれるのですが、泣き止まない我が子に「この子のもとに、幸せばかりが待っていますように。悪いものが、来ませんように」と祈る姿が印象的なのですが、この言葉が表題となるとともに、今巻の筋立てを象徴しているのですが、これは読了後に気付くことになります。

物語のほうは場面が変わって、子供ができないことを悩んでいる「庵原沙英」という女性の話に転じます。彼女と親しくしているのが本書の事件の犯人「柏木奈津子」なのですが、奈津子のことを沙英は「なっちゃん」と呼び、美容学校に通っていた経歴をもつ奈津子に、髪のカットもしてもらっている、という親密さが描かれています。
奈津子には「梨里」という幼い子供が家族にいて、沙英と沙英の妹・鞠絵とのファミレスで食事をするシーンでは、梨里を厳しく育てようとする奈津子の気持ちに頓着せずに、おもちゃを買い与えて甘やかす鞠絵に苛立つ沙英と、鞠絵の行動を咎めない奈津子の姿が描かれているのですが、ここは謎解きの大ヒントがあるので覚えておきましょう。

そして、奈津子にも、鞠絵にも子供がいるにもかかわらず、助産院の看護助手として勤めている関係で、子供の出産を数多く見聞きしているせいか、沙英は銀行員の夫・大志との間に子供が長いことできないことを悩んでいるという設定です。

さらに、最近、夫が同じ銀行の女性行員と浮気をしているらしいことに気づいた、のですが、夫と離婚することには踏み切れず、鬱々と過ごしている、というところで、その精神的な不安定さを奈津子に支えられています。このへんには幼い頃から、今は同じ医院で助産師をしている妹と比較されて育ち、母親にベタ可愛がりされてきた、という境遇も影響しているようなのですが、そういう沙英を奈津子の支え方もかなりのもので、読む限り重症の「相互依存」の関係っぽい印象をうけます。

事件のほうは、沙英のことが心配で、彼女の家庭生活を定期的に監視という名目の”覗き見”をしている奈津子が、沙英と大志の昼間からのセックスシーンを目撃した後、突発的に大志に「毒」入りの麦茶を飲ませて殺害してしまいます。そして、大志の死体を奈津子のボランティア先の車椅子が載せられる車で山中まで運んで埋め、何食わぬ顔でいつもの生活を続けるのですが・・・、といった筋立てです。
そして、死体のほうは、山中で私用ビデオを撮影していた男性たちによって発見されるですが、死因は「アナフィラキシー・ショック」であることが検死の結果判明し・・といった展開をしていくのですが、この過程で、奈津子と沙英、鞠絵の関係などが明らかになっていき、さらにこの事件の真相も明らかになっていくのですが、ここから先は原書のほうで。

レビュアーからひと言

沙英の夫が殺される毒がどこで入れられたの、とか、なぜ奈津子は簡単に沙英の家の中に入ったり、殺された大志に疑われることなく飲ませることができたのか、などかなりツッコミどころ満載のミステリーだな、と思わせるのですが、謎が明らかになると、作者が読者に向かってしかけたトリックに驚くことは間違いないですね。正直なところ「まんまと騙されてしまいましたー」と作者の腕に感服するサスペンス・ミステリーに仕上がってます。

https://amzn.to/3rE8qzb

コメント

タイトルとURLをコピーしました