謎解きとギャルソン修行で成長した隆一は屈辱を乗り越える ー 斎藤千輪「ビストロ三軒亭の美味なる秘密」(角川文庫)

東京・三軒茶屋にある小さなビストロ・三軒亭には、決まったメニューがなく客のリクエストと様子を見て料理をサーブしてくれる、完全オーダー型のレストラン。
そこには、いかつい顔でオネエ言葉のソムリエ、元医大生のメガネ男子とサッカー選手だったスポーツマンの、両方ともイケメンのギャルソン、そして、灰色の頭脳・エルキュール・ポアロのファンで、抜群の料理と推理の腕を披露するシェフがいて、元俳優志望の主人公・神坂隆一とともに、店のお客が持ち込む難題を解き明かしていく、というミステリー「ビストロ三軒亭」シリーズの第二巻が『斎藤千輪「ビストロ三軒亭の美味なる秘密」(角川文庫)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

プロローグ
1 suffle 〜スフレ〜
2 casoulet 〜カスレ〜
3 enteree 〜アントレー〜
エピローグ

となっていて、プロローグで、店にも慣れてきた主人公・隆一が、シェフの伊勢の元奥さんっぽい姿と愛犬エルを抱えている姿を見るところからスタートしていて、前巻で明らかになった、シェフ・伊勢と彼の奥さん・マドカとの仲が何か発展するのか期待を持たせる滑り出しである。

さて、第一話の「スフレ」は、隆一の姉・京子の職場の先輩国際線CA・長澤律子とその恋人・柏木のカップルのうち、男性のほうの柏木のほうから持ちかけられる謎。
その内容というのは、律子の風貌が

細身で長身の彼女は、フワッとしたブラウスにワイドパンツを身に着け、肩に薄地のストールを羽織っている、いつもエンジ色のメガネをかけているせいか、”女教師”という言葉が浮かんでしまう。物腰も優雅で上品なイメージの女性である。

というもので、一方柏木は「のんびりと言っておおらかに笑う柏木。目尻の下がった細い目が、人の良さを物語っている」というものから推測されるように、律子さんが「実は結婚」していて柏木をもて遊んでいるのでは、といったものである。

その疑惑のもととなったのが、台湾の寺巡りで写された「同年代の男性と三歳ぐらいの男の子を抱いた写真」であるとか、シドニーのホテルでの「部屋の中とバルコニーにグラスが二つあった」と言ったものなんおだが、このへんは疑えばキリがないというもので、本当の謎は別のところにあるので騙されないように。ネタバレは、シドニーのホテルの部屋のテーブルの隅っこに写っていた「小物入れの中の卵」と、律子さんが肉を食べなくなったり、お酒をやめたあたりですね。

二話目の「カスレ」は、プロのダンサー「赤城ヒカル」から持ち込まれる謎。
ヒカルの様子は

原色を重ねた独創的な柄のミニスカートから、赤いミニブーツを履いた長い足が伸びている。ビーズを編み込んだどれrっどヘアと濃いメイクで素顔は隠されているが、人柄はとても良さそうだ。

といった感じで、売れっ子のダンサー感が出ています。
で、彼女が持ち込んでくる謎が、彼女が最近だれかの視線を感じることが多くて、一ヶ月前にツアーから帰ったら、玄関前の廊下に段ボール箱が置いてあって、中に雨シミだらけの桐の小物入れと「おくりもの」とひらがなで書いたメモがあった、ということと、一昨日、「保存容器に入った赤飯」が置いてあって、「こわいだろうけど、たべて」というひらがなメモがあったというもの。
そして容疑者になるのが、ヒカルに声をかけてくる関西弁のアメリカ人、隣に引っ越してきたおばあさん、ヒカルの部屋jのあたりを眺めていた焼き芋屋さん、というかなり風変わりな人ばかり。特に「焼き芋屋さん」ってのはなんじゃそりゃ、という感じですね。
ネタバレを少しすると「赤飯」に添えられていたメモの「こわい」という表現で、隆一は「固い」という北信越の方言では、と推理し、ヒカルの故郷と、結びつけるのだが、山陰のほうでも「固い」の意で「こわい」と言っているように記憶していて、ここらは決め手としてどうかな、と思う次第なのだが、真相は原書で。

三話目の「アントレー」は、隆一の俳優時代の先輩・相良南に関する話。彼は、お金持ちのボンボンながら、演技の才能には恵まれていて、最近は若手俳優の登竜門的な舞台公演の準主役を射止めている有望株である。ただ、隆一のことは目の敵にしていて、第一話からはしばしばで登場してきて、隆一を「三流」よばわりをしたり、「三軒亭」のことも場末の料理屋よばわりをしたり、読んでいて「イラッ」とくる奴です。
で、そういう男が三話目のメインとなって、三軒亭で開かれる、ソムリエの室田が開催する「ワイン会」で、ワインの知識をひけらかして常連の顰蹙をかったり、客だからと無茶な注文をしたり、とやりたい放題である。その果に、トイレで気を失って・・・、という展開で、「よし。因果応報・・」と思いきや、ハッピーエンドを心がける作者なので、大団円みたいなことになります。「イヤミス」ファンは、復習劇で「カタルシス」を感じたいところですが、不発に終わるのでそこは我慢してください。
当方としても、相良南くんがボロボロになるところを期待したのですがちょっと、期待と違って、少々ストレスが溜まってます。まあ、最後のエピローグのところで、伊勢とマドカが「めでたしめでたし」系の方向にいったので「良し」としときましょう。

【レビュアーから一言】

このシリーズの読みどころは、ほんわりとした謎解きのほかに、フランス料理のうまそうな描写の数々。例えば、二話目の「カスレ」で出てくる「真鴨と下仁田ネギと三種豆のカスレ」は

鍋の中で、鴨の骨付き肉と野菜を煮込み、パン粉を載せて焼いた料理が白い湯気を立てている。湯気と共に、タイムなどの香草が効いた煮込み料理の香りが漂う。こんがりとしたパン粉の焦げ目が目を刺激し

といった具合である。読んでいるうちに、フレンチ・レストランに生きたくなってしまうような出来でありますね。ちなみに「カスレ」とは、フランス南西部の豆を使った煮込み料理だそうです。

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