女性パワーで「口入屋」業界の旧習をぶっ壊せー西條奈加「九十九藤」

人材派遣業というのは、現代になってから出来上がったビジネスではなくて、人が集まり、何かの事業をしたり、商売をしようとすると必然的に必要となってくるもの。江戸時代は登城や参勤交代のために臨時で雇い入れる中間といった武家奉公人や、商家の下働きをする下男や女中といった職に、人を斡旋する「口入屋」がその役割をはたしていました。さながら人材派遣業+ハローワークといったところなのですが、この商売に飛び込んできて奮闘する女性の姿を描いたのが本書『西條奈加「九十九藤」(集英社文庫)』です。

あらすじーお藤の男性企業社会への挑戦が注目ポイント

物語はまず、江戸の新興「口入屋」の「冬屋」に女性の差配、つまりは雇われCOO(業務遂行責任者)がやってくるところから始まります。この冬屋の親会社である増子屋はもともと大きな油問屋だったのですが、今の主人・太左衛門が商売を拡充させ、蝋燭問屋から合羽問屋、そして口入屋へと業種拡大をしてきた、という経緯です。ただ、油、蝋燭、合羽の経営はうまくいっているのですが、物販とかかけ離れた「人材あっせん業」は苦戦していいて、今回、そのテコ入れに、この物語の主人公「お藤」が投入されてきた、というころですね。

しかし、この「お藤」という女性は、大きな旅籠の孫娘で、そこでは人材派遣業も営んでいたようなのですが、江戸の口入屋稼業では無名で、経営手腕を疑った「冬屋」の従業員たちがそっぽをむいて協力しようとしません。

新たにやってきたCOOとしては最初の試練というところなのですが、お藤には、この冬屋の経営を立て直す「秘策」がありました。既存の口入屋が主力としている武家屋敷への奉公人(中間)の斡旋から極力撤退し、商家の力仕事をする男性奉公人「下男」の斡旋へ切り替えることでした。
もちろん、当時の大店の多くは関西資本で、京都や伊勢から人を派遣させて従業員としていた上に、しきたりも関西風であったため、関東の田舎出身の者は簡単には雇ってもらえません。そこで、「お藤」の考え出したのは、住み込みで一定期間、「冬屋」に寝泊まりさせ、みっちり行儀作法から料理、掃除の仕方を仕込むというやり方で・・・、ということで、今までの「口入れ」ビジネスを根底からひっくりかえすビジネスモデルをつくっていくわけですね。

ただ、新しい「商家」ビジネスの創設なので、派遣する男たちに掃除・料理のイロハから教え込むのが大変な苦労である上に、長期の研修のために経費が嵩んだり、今までのいい加減な「中間」仕事に慣れているので、厳しい研修に音をあげて逃亡したり、さらには、「冬屋」で昔から武家奉公の斡旋を扱っていた古参社員である手代の島五郎や実蔵たちが全く協力しようとしないなど難問山積です。

これに真っ向から立ち向かって、「下働き」として派遣する男たちを養成し、派遣先の商家からの評判も上がってきて、「さあ、これから」という時、口入屋を古くから営業している大店で結成している「八部会」という同業組合が、「寄子」といって、自分たちが登録している者を引き抜いた、といちゃもんをつけてきます。本当のところは、お藤の「冬屋」で斡旋する商家のほうが魅力的なために寄り子が鞍替えを図ったのですが、これを理由に、「冬屋」の「商家ビジネス」を潰してしまおうという魂胆ですね。「武家奉公」のあっせんはジリ貧なので、業界秩序を乱す「新規参入者」を排除しようという、今のビジネス社会でもよく起きることですね。

さらに、八部会は、武家屋敷で働いている「中間」を束ねている「黒羽の百蔵」にも頼んで、「冬屋」どころか、親企業の「増子屋」の店を破壊してしまうという暴挙にでます。
この危機を「お藤」はどうさばくのか・・・といった展開です。

少しネタバレすると、お藤と「黒羽の百蔵」が昔からの知り合いで、その縁が発展して、二人の仲が突然に〇〇〇な関係になったり、さらには黒羽の百蔵がもともとは武家の出で、親兄弟の敵討ちを狙っていたり、と妙な急展開をしていくのですが、詳細のところは原書のほうで。

レビュアーの一言ー既成勢力を壊す女性パワーが心地いい

表題の「九十九藤」というのは本書によると「葛藤」のことで、籠とかを編むのに使われる、丈夫なつる草の一種ですね。「お藤」が少女時代に飯盛り女に売られそうになって脱出する山中で、これに絡まれて動けなくなっているところを、まだ武家であった「黒羽の百蔵」に助けられるエピソードがでてきます。
題名の由来はこのエピソードではなく、「お藤」が持ち前の突破力で、「葛藤」のようにからみつく業界の旧勢力を切り開いていくところからきているんだろうと思います。祖母から薫陶を受けた「お藤」の人材斡旋業も、おそらく彼女の娘に引き継がれていくのでしょうから、旧習をぶっ壊す女性パワーは代々引き継がれていくんだろうと思います。

Bitly

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