昆虫学者は太った「ウジ」ボールの謎をとくー川瀬七緒「法医昆虫学捜査官」

事件捜査の手がかりとなったり、犯人を特定するための重要な技術である、鑑識や法医学については、汗臭いイメージの強い捜査に比べて、科学的でスマートな感じがある上に、美人の主人公を登場させやすいせいか、ミステリ―小説やサスペンスドラマではおなじみの文屋です。
ただ、科学捜査のどんな分野でも引く手あまたかというとそうでもなく、極度に地味であったり、グロい場面が想像できる分野はどうしても敬遠されがちなもの。そんな死体や犯行現場につきもののウジやハエを始めとした「昆虫」で犯人をつきとめていく法医学ミステリー・シリーズの第一作が本書『川瀬七緒「法医昆虫学捜査官」(講談社文庫)』です。

「法医昆虫学捜査官」の構成と注目ポイント

構成は

第一章 コラボレーション
第二章 転移
第三章 虫の囁き
第四章 解毒スープ
第五章 一四七ヘルツの羽音

となっていて、事件のほうは東京の板橋区のアパートで火事がおき、その一室からそのアパートに住んでいる30歳過ぎで心理カウンセラーをしている女性・乙部みちるが焼死体で発見されるところから始まります。この地域では最近、連続放火事件が発生して、今回の被害者の一連の放火によるのでは、と思われるのですが、奇妙なことに、被害者の体の中から焼け残ったソフトボール大のウジの塊が発見されたことと、被害者の食道と胃が何かに食われたかのようにすっかりなくなっていることです。

この奇妙な証拠を調べるため、一人の昆虫学者が法医として捜査にくわわることになるのですが、捜査当局も始めてのことである上に、風変わりな行動を連続する昆虫学者・赤堀に手を焼いて、そのお世話に、ベテラン刑事の岩楯と彼とコンビを組んでいる鰐川をつけることになったのですが・・という筋立てです。

物語のほうは、現場から見つかるデータや被害者のプロフィールなどから地道に聞き込み捜査を行っていく岩楯たちと、遺体に残されていたウジから独自にそのウジの出所や、成分分析を行って事件の真相に迫っていく赤堀との二つの流れで進められていきます。

岩楯たちとのほうは、被害者の交遊関係のほうから洗っていって、彼女が札付きの結婚詐欺師のターゲットとなっていたことをつきとめ、そのもつれから殺されたのでは、と捜査していくのですが、残念ながらこれは外れ。しかし、彼女が以前、学校カウンセリングで勤めていた中学校でトラブルがあったことや、その学校でカウンセリングを担当して生徒が数人、そ卒業後に行方不明になっていることや、自然食品を推奨しているNPOと関係があったことをつきとめます。

一方、赤堀のほうは、焼け残った現場から、被害者が食べていたらしいたくさんの蜂の子の頭を見つけたり、遺留品のウジにコカインが含まれていることを見つけ出し、このウジの成虫であるクロスズメバチの生息地に今回の殺人事件の謎をとく鍵が隠されているのでは、と推理します。

そして、岩楯のつかんだ自然食品のNPOの本拠地である奥多摩の兎原峠に赤堀は向かうのですが、そこでNPOに土地を貸し出している地元の旧家の引きこもりの少年と知り合いになり、彼に教えてもらった情報をもとに、農場のなかに忍び込むのですが・・・といった展開です。

最初の印象では、刑事たちの地道な捜査のもう一つ先の推理や立証できない証拠を、昆虫学者が見つけていくといった展開かな、と思っていたのですが、思ってもみない方向に謎解きが、かなりのスピード感とともに進んでいくので、振り落とされないようについていきましょう。

ちなみに本書は初出では「147ヘルツの警鐘」という題名でリリースされ、文庫化にあたって「法医昆虫学捜査官」という表題になってます。本書によると147ヘルツというのは「ハエ」の羽音の周波数で、ハエは150ヘルツの周波数の羽音にハチに近い羽音を立てることによって鳥から身を守っているのだそうです。

レビュアーの一言ーパワフルな昆虫学者には敵わない

今シリーズのメインキャストとなる昆虫学者・赤堀淳子は、どこにでも昆虫の捕虫網を持ち歩き、死体のあった現場の臭気も全く気にせずに虫の痕跡を探して回る、という学者バカというか、かなりの変人学者なので、鑑定で導き出された死亡時間など様々な「科学捜査」の結果とあつこちで衝突するため、お世話係の岩楯刑事たちがとことん振り回されていくという味つけですね。
赤堀準教授と岩楯刑事たちが最初に出会うシーンでは

丸顔の童顔で、黒目勝ちな垂れた瞳がさらに幼さを強調している、色白で華奢。おそらく身長は百五十五センチ前後というところではないだろうか。コケティッシュな雰囲気で、愛らしく見える条件がそろっているが、くってかかるような負けん気の強さが繭のように全身を包んでいた

という感じなのですが、読み進めていくにつれ、その活動力の大きさと度胸のよさ、そしてあっけらかんとしたとんでもない明るさのあたりで、声優の「金田朋子」さんのようなキャラに変化していったことを白状しておきます。

法医昆虫学捜査官 (講談社文庫)
炭化した焼死体の腹部から、異様な「虫の塊」が見つかった。難事件に際し警視庁&...

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