川瀬七緒「ヴィンテージガール 仕立屋探偵・桐ケ谷京介」=身元不明少女の謎は「服」で解ける

「名探偵」の持っている学識や才能の種類は、それぞれにあるのですが、よくみかけるのは、年齢に裏打ちされた、人並みはずれた観察力や犯罪学か心理学の知識、といったところが定番なのですが、今回登場する「素人名探偵」は、筋肉や骨が透けて見える美術解剖学の専門家で、人の動作や服の着ジワからその人の持病や癖、暮らしの様子をあてる、という特技の持ち主です。

腕はいいが時流から遅れてしまった職人とプロの仕立て仕事をしてくれる職人を探しているデザイナーやオーダー品のオーナーとを結びつけるファッションブローカー兼服飾デザイナーが、美術解剖学と服飾の知識を活かし、10年間身元もわからなかった少女の殺人事件の謎解きに挑むのが本書『川瀬七緒「ヴィンテージガール 仕立屋探偵・桐ケ谷京介」』です。

この「服」に関する知識で謎解きをするっていうアイデアはあまり例がないはずで、本書の帯には「服を見ればすべてがわかる!新機軸 クライム・ミステリー」ってな言葉が踊っています。

あらすじと注目ポイント>身元不明少女の謎は「服」で解ける

構成は

第一章 アトミックと名もない少女
第二章 語り始めた遺留品
第三章 職人たちの記憶
第四章 貧困と針仕事
第五章 少女の名前を口にするとき

となっていて、冒頭は今巻の主人公となる、桐ケ谷京介が、ゆきずりの女性に、彼女が隠しているDVの傷跡を指摘し、警察へ駆け込むようにアドバイスし、気味悪がられた後、近所の理髪店の主人から、妻のパーキンソン病を早期発見してくれたお礼を言われているところから始まります。

桐ケ谷はいままで、その美術解剖学の才能で、子どもや女性に加えられる虐待を見抜き、警察や行政に通報をしてきているのですが、その多くで、被害者の命を救えなかったという怒りや悔しさが澱のように溜まっています。

その彼が、偶然見たテレビで、10年前に阿佐ヶ谷の公営団地の空き部屋で、一人の少女が側頭部を殴打されて死亡した事件の公開捜査をみたことから、この事件の犯人探しに乗り出していくこととなります。今回も10年間、身元も判明せずに迷宮入りしそうな少女殺害事件が見逃せなかった、というところのようですね。

相棒となるのは、彼が店を構えている高円寺南商店街でヴィンテージショップの雇われ店主をしている26歳の女性・水森小春と手芸店を数十年営んでいて、手芸品や布の知識は恐るべきものがある縁起担ぎの老女・寺嶋ミツで、この三人が事件の謎解きに挑んでいきます。

少女殺害遺棄事件の謎解きのヒントとなるのは、彼女が着ていたどぎつい色合いのワンピースなのですが、昭和二・三十年代にアメリカで流行した「アトミック」という原爆をイメージした布に似せて日本で織った超安物を仕立てたもの。しかも、縫製した後、未使用だったものを少女の体に合わせて仕立て直した新古品です。

十代の女の子が好むと思えない服を着て、冬の暖房もない公営住宅の空き室で、頭を殴られて一人で死んでいった少女が殺された理由と、10年間の間、少女の身元情報が全く寄せられなかった理由を、三人の服飾に関する知識と人脈で探り出していく、という筋立てですね。

もちろん、10年前に警察捜査が入った事件なので、遺留品とか現場の鑑識結果とかは警察が保存しているのですが、一民間人の桐ケ谷たちがそれに触れるには、相当のハードルがあるのですが、桐ケ谷の粘りと小春の度胸の良さ、ミツの迷信深さで、担当刑事を辟易とさせながらも、三人の鑑識眼の確かさと、服飾関係の人脈の深さで、警察も気づかなかったり、掴みきれなかった情報を明らかにしていって、いつの間にか、謎解きの主力として働き始めます。

ところが、そのワンピースの生地となる布を織っていたメーカーが既に倒産して、関係者は夜逃げした情報につきあたったところで、桐ケ谷が製作途中であった、殺された少女の頭部のトルソーと、スケッチが何者かに盗まれてしまいます。そして、盗難現場から採取された指紋の一つが、少女が殺された時に現場に残されていた犯人らしき人物の指紋と一致することがわかるのですが、その犯人は意外にも桐ケ谷の近くにいる人物で・・という展開です。

少しばかりネタバレすると、少女は、倒産したメーカーの関係者の親族なのですが、彼女の身元がわからなかった原因には、高度経済成長の陰で社会の隅へと押しやられていって、その存在も「日本社会」から消し去られた人々の悲哀が満ちてますね。

Bitly

レビュアーの一言>「服飾」系の小ネタ満載なことに注目

ミステリーの面白さは謎解きの部分だけでなく、物語の中で披瀝される、普通は知らない知識や業界情報といったところにもあると思っているのですが、今巻はフリーのデザイナーもやっている作者の服飾関係の情報やネタが随所に披瀝されています。

例えば、日本とアメリカの服のプリント技術の差であるとか、ベークライト釦のお値段とか、海外にスラムなど柄、自分で髪を切っているような人たちの衣類は、素人の髪の切り口が垂直になるせいで、決まって髪があたり場所だけ記事が薄くなるってな情報は、ビジネスの役にはたたないかもしれないですが、なぜか得したような気になる小ネタですね。

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