川瀬七緒「よろずのことに気をつけよ」=殺害現場に遺された呪いの「愛宕念仏」の謎を解け

昆虫の生態や現場に残された虫の痕跡などから、通常の捜査では気付かない、事件の隠された真相に迫る「法医昆虫学者」シリーズでおなじみのミステリー作家・川瀬七緒さんのデビュー作にして、第57回江戸川乱歩賞の受賞作が本書『川瀬七緒「よろずのことに気をつけよ」(講談社文庫)』。

「呪詛」の短冊や鳥の血の染み込んだ浄めの粗塩、殺しの狂気は鷹の嘴の形をした特殊形状の刃物など、私たちの心の奥深いところに息づいている古来からの「呪術」をネタにした民俗学ミステリーです。

あらすじと注目ポイント>殺害現場に遺された呪いの「愛宕念仏」の謎を解け

物語は、「文化人類学」というお金にならない学問を専攻している大学の非常勤講師をしている主人公・仲澤大輔が住んでいる「廃屋ざながらのあばら家」に、砂倉真由という大学生で18歳の美少女が頼みごとをもちこんでくるところから始まります。

その内容というのが、彼女は祖父と二人っきりの家族なのですが、一人ぐらしをしていた祖父が何者かに惨殺されてしまいます。祖父は胸をさされて血だらけの状態で死んでいるのを彼女が発見したのですが、警察の鑑識で解剖したところ、心臓がぐちゃぐちゃに潰されていて、舌が斬られているという残虐な殺し方で、死体にそばに茶色の染みの浮き出た「不離怨願 あたご様 五郎子」と書かれた短冊型の和紙が家の床下から見つかって、という異様さです。
彼女は、祖父を殺した相手の捜査が遅々として進まないのと、その「呪い」を思わせる和紙から、伝手を辿って、仲澤のところに謎解きを頼んできた、という経緯です。

そして、なし崩し的に、彼女の殺人の犯人捜しに協力するになった仲澤は、事件の捜査をしている警察官から、殺人のあった部屋の中に、タンチョウヅルの血液が沁み込んだ「粗塩」が数粒落ちていたり、殺された祖父の部屋から、孫娘の真由の名前と魔を祓う言葉の書かれた「身代わり形代」のコピーが置かれていたことから、この殺人には、呪術の知識のある人間が関わっていると推測し、和紙に書かれていた「あたご様」から連想される愛宕神社や、粗塩に染みこんでいたタンチョウヅルを扱う呪術を調査していくのですが・・といった筋立てです。

この調査の過程で、殺された祖父が保管していた写真アルバムから、何枚かが抜かれていて、それは祖父が山歩きを趣味としていることを示しているものであったり、彼が家族に内緒で、病院のボランティア、それも重度の病気に罹っている子供の入院する小児病棟へのボランティアを続けてきたことなど、真由の知らない事実がだんだんと明らかになっていきます。

さらに、タンチョウヅルの鳴き声を出す鳴管を取り出して塩漬けにし、それを吸物に入れた「鶴水(かくすい)」という料理が「呪術」と関連していることがわかったり、床下で見つかった和紙に書かれていた文言は、祈祷念仏の一部であることがわかります。それは古代に大きな力をもっていたのですが、平安時代になり「陰陽師」たちが宮中で呪いを主宰することに伴い、表舞台から追われて姿を消した「いざなぎ流」の祈祷師と関連がありそうなことがわかってきます。

ちなみに「鶴水」は、タンチョウヅルの喉に術を仕込んで、それを入れた吸い物を呪う相手に食べさせることで、相手の体の内部から「呪い」の文句を直接聞かせるというものらしいです。

その古流の祈祷師たちは、中央から追われた後、土佐に定着するのですが、その呪いの技の残虐性から、そこからも追放され、陸奥の国へと逃れたことが判明します。
さらに、真由の祖父がアルバムから剥がしていた写真から、彼が若い頃、福島にある「赤面山」へ行ったことがあることや、東京の八王子で、祖父と同じように心臓を潰されて殺されていた同年輩の被害者女性と現在行方不明になっている男性二人とがその旅行に同行していたこともわかってきます。

呪術師の痕跡を求めて、福島の白河市の近くにある南郷村に来た二人は、村内の自殺の名所となっている橋の近くにある小屋の中で、祈祷念仏や呪術のことに詳しい老婆に出会います。老婆の言葉から、祖父の殺害現場に遺されていた茶色い染みのついた短冊の「「不離怨願 あたご様」が羽太の愛宕念仏「不離御願、あたご様・・三日四日に雨なくば、よろすのことに気をつけよ」を元歌にしていることがわかるのですが、祖父は最後のところを「師走の月に雪なくば、よろずのことに気をつけよ」と言い換えていたこととの関係が問題となります。どうやら、若い頃、この村に、祖父は殺された女性たちとこの村にやってきて、何かをしでかしているようなのですが・・といった展開です。

少しネタバレしておくと、呪術っぽい殺され方で、ホラー系の種明かしを想像してしまうのですが、ネタ割れは、祖父が小児病棟へのボランティアにのめり込んだきっかけのほうですね。

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レビュアーの一言>民俗学ミステリーを読んでみよう

文化人類学や民俗学ネタのミステリーでは北森鴻さんの「蓮杖那智」シリーズが有名なのですが、北森鴻さんが故人となってしまった現在、「フォークロアの鍵」や本書などを著している筆者は、この系統の「作家」として貴重な存在でしょう。
いまどきは医療ものや刑事ものに押されている感があるのですが、人間心理の中にある、自分では気づいていない「古の風習」や「先祖の記憶」といったところを「謎解きネタ」にした「民俗学ミステリー」は、おどろおどろしい味わいがあって、現代もののミステリーのもつ人間関係に疲れたときの「口直し」にもってこいかと思います。

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