雑兵・茂兵衛の「戦国足軽出世物語」がはじまるよー「足軽仁義 三河雑兵心得1」

織田信長の天下布武や豊臣秀吉の天下一統といった「天下統一」のずっと前。三河の国を舞台に、まだ小国の領主であった松平(徳川)家康の家臣団の最下層の足軽として「侍人生」をスタートさせた、農民出身の雑兵「茂兵衛」が侍としての出世街道を、槍一本で「ちまちま」と登っていく、戦国足軽出世物語の第一弾が本書『井原忠政「足軽仁義 三河雑兵心得 壱」(双葉文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

茂兵衛は村を飛び出て「足軽」になる

構成は

序章 粗暴なり、茂兵衛
第一章 旅立ち
第二章 夏目次郎左衛門
第三章 野場城の籠城戦
第四章 野場、落城す
終章 邂逅

となっていて、物語は永禄六年の三河の国の渥美半島の根っこあたりの村「植田村」から始まります。
ここに住む18歳になる

決して美男ではないが、精悍な面構えだ。赤銅色に焼けた体は大きく、肩や腕の筋肉が、擦り切れた小袖越しにも盛り上がって見えた。

という腕っぷしが強くて、乱暴者そうな男「茂兵衛」が今シリーズ「三河雑兵物語」の主人公です。

彼が、知的障がいのある弟の「丑松」が村の若者たちにイジメられているところを救うため、相手を薪でぶちのめし、そのうちの一人がそれがもとで急死してしまったことが原因で、村を出ていくことになるのが発端。ただ、茂兵衛が村で評判の乱暴者であったり、彼の母親(父親はすでに死んでいます)は村一番の豪農の後妻に望まれていたり、妹タキの恋人が茂兵衛が死なせた男だったり、といった事情からすこしトロい弟の丑松以外は、出ていくことを村人も家族も、誰も反対しない、というちょっと侘しい旅立ちです。

で、そんな彼が目指すのが、当時、岡崎の南側の六栗という集落を治めていた「夏目次郎左衛門吉信」という国人武将で、彼に仕えたことをふりだしに、茂兵衛の侍人生が始まっていく、という筋立てです。

三河一向一揆は家康の「三大危難」の一つ

歴史的なことを調べてみると、この「夏目吉信」という武将は、古くから松平家に仕えていた「譜代衆」で、数々の戦功もあり、家康から刀を拝領したこともある武将なのですが、永禄六年におこった「三河一向一揆」では、一向宗側について家康と戦っている最中。茂兵衛としては、あまり運のよくない「侍人生」の開始というわけです。

この三河一向一揆というのは、家康の父・松平広忠が、三河の一向宗の三大寺院の「本證寺」「上宮寺」「勝曼寺」に与えていた守護不入の権を、家康が侵害したことをきっかけに始まった一揆で、本多正信や石川数正の父親・康正といった家康の譜代の有力家臣も一揆側につくなどして大規模化したため、「三方ヶ原の戦」や「本能寺後の伊賀越え」と並んで、徳川家康の三大危機ともいわれています。さらに、この一揆の主導者である本證寺の院家の「空誓」が浄土真宗第八代の宗主「蓮如」の息子であったことで、浄土真宗の他の本願寺門徒への影響力も強かったことと、この対立に松平氏の別派や、吉良氏といった有力武将が暗躍したことが「大規模化」に輪をかけたといったところですね。

なので、この戦乱に負ければ、家康も没落の危機にあったわけで、さぞや血を血で洗うコ殺し合いが展開されていたのでは、というとそうでもなくて、例えば、茂兵衛が臣従する夏目吉信が籠る「野場城」の籠城戦では、戦による命のやりとりはあるものの、後の豊臣秀吉が攻めた三木城や鳥取城のような「飢え」で味方同士が食い合うという場面はありません。

足軽・茂兵衛の泥臭い「活躍」がリアル

「戦」にはド素人だった茂兵衛が、吉信の家臣にどやされながら、槍の技術を覚え(といっても、「槍術」といった武道っぽいものではなく、「しごく」「叩く」「なで斬りする」といった、武骨な戦場向きのものですが)、繰り返される戦闘の中で、兜首をあげたり、朋輩の辰蔵や弟の丑松と隊をくんで城門に攻めかかる敵の奇襲を撃退したり、とそこそこの戦功をあげていくのですが、派手派手しさはありません。
この戦闘での茂兵衛一番の「手柄」というべき深溝松平の重臣の兜首をあげたときも

思い切って槍から両手を離した。にらみ合った敵の目に、明らかな動揺が走る。茂兵衛は大きく踏み込み、抱き着くようにして相手の当世袖を掴んだ。
ー袖でも草摺でも、掴めるものは掴んで思いっきり振り回せ。相手の体勢を崩せば勝機が:見える。
と榊原から教えられた通りに、掴んだ袖を振り回し
(中略)
面頬下部の垂が跳ね上がり、わずかに白い肌がのぞいた、それがどこなのか頭がボウッとしてよく分からなかったが、なにしろ見えた素肌らしき場所に向け、刀の切っ先を突き立てた

といった具合です。

戦国もの、というと剣や槍の武術にたけた武将たちの華々しい「戦働き」がメインになる物語が多いのですが、このあたりは「戦の実相」を見る感じで、妙な生々しさを感じるとともに、生活に中に「戦乱」があった当時の雰囲気を表しているように思えます。

このほか、二月半ほどの短い戦闘ではあるのですが、兜首をあげながらも首を斬れない茂兵衛であったり、夜目のきく弟・丑松と夜の見張りをして、敵方と通じている侍の尻尾をつかみながら逆襲されたり、といった「泥臭い」足軽の奮闘の数々は、他の勇ましいだけの「戦国もの」とは一味違う魅力がありますので、読み功者の時代劇ファンにもおススメです。

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レビュアーの一言

この戦がもとで、次巻では、茂兵衛は、仕えていた夏目吉信の推挙で、徳川家きっての闘将・本多平八郎の配下に入ることとなるのですが、本巻の最後のほうで、接収後の野場城の検分に訪れていた、家康と平八郎と出会う場面があります。
後世、「狸親父」と悪口を言われ、奸計に満ちた人物のように言われる「家康」なのですが、この時はまだ田舎の若い経営者っぽい様子なのが新鮮な感じで、最終章まで読むのをおススメいたします。

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